ファイターズの日本一に沸いたのは、北海道のファンだけではない。関東にいる多くのファンも、鎌ケ谷スタジアムに集い、歓喜した。そこで、10年前に鎌ケ谷スタジアムで開催されたパブリックビューイングの裏側について、球団職員でもありながら、ド派手な紫色の衣装を身にまとい、ハチマキを巻いた謎の二刀流キャラクター「DJチャス。」こと中原信広氏に、当時の様子を振り返ってもらった。 取材・文=多田まりや 写真=球団提供、桜井ひとし 
DJチャス。としてパブリックビューイングの開催と運営に奔走[写真=桜井ひとし]
始まりは市役所の一角
鎌ケ谷スタジアムで2006年から球団職員として勤務して20年。そしてDJチャス。として14年から二刀流の日々を過ごして12年。
鎌ケ谷スタジアムの恒例行事にもなったパブリックビューイングを最初に行ったのは北海道移転後、初の日本一に輝いた06年のことだ。
「そのときはファイターズがあまり街に浸透していなかったので、とにかくみんなで盛り上がろうという雰囲気をつくりたかったという意図がありました」。大型ビジョンを借り、鎌ケ谷市役所の駐車場が舞台だった。
以降、クライマックスシリーズ(CS)に出場したときには毎年のように開催。「今は鎌ケ谷に大型ビジョンがあるので、ここ(ビジョン)に(映像を)映せばいいだけですけど、それがなかったときは、車に備え付けのスクリーンを借りて、球場の前でやったりしていましたよね」。ファンのために工夫を凝らし、実施に奔走した日々を振り返る。
4年ぶりのリーグ優勝を飾った16年は、10月15日、16日に行われたCSファイナルステージ第4戦と第5戦(札幌ドーム)で開催。限られた時間、空間のなかで、関東のファンはなかなか喜びを爆発させる場所がない。だからこそ鎌ケ谷に集い、チームを応援していたのだ。
CSファイナルステージ第5戦。この試合で
ソフトバンクに勝利し、日本シリーズ進出が決まった。印象的だったのは「その瞬間に『また(パブリックビューイングをまた)やろうぜ!』とファンから声が出たんです。そこで・・・
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