球団の歴史の各シーンで活躍した外国人選手。ここではその特徴や貢献に迫る。チームの躍進に尽力した選手をはじめ、ファンを魅了した“赤ヘル助っ人”の系譜をたどる。 ※通算成績
投手・[試]=試合、[勝]=勝利、[敗]=敗戦、[S]=セーブ、[H]=ホールド、[回]=投球回、[奪]=奪三振、[防]=防御率
打者・[試]=試合、[席]=打席、[安]=安打、[本]=本塁打、[点]=打点、[盗]=盗塁、[振]=三振、[率]=打率 ギャレット・捕手も務めたスラッガー
在籍した3年間で通算102本塁打を放ったエイドリアン・ギャレットは1977年に34歳で入団。1年目にリーグ5位タイの35本塁打を放つと、翌78年は本塁打王のタイトルを獲得した同僚の
山本浩二に4本差でリーグ2位の40本塁打と長打力を発揮した。固め打ちが得意で、78年は史上初の開幕戦から4試合連続本塁打をマークするなど4月に当時のプロ野球記録に並ぶ月間15本塁打。7月22日に
広島市民球場で行われた球宴の第1戦では、球宴史上初の1試合3本塁打も記録した。1試合3発は、同年の第3戦(後楽園)で初の3打席連続本塁打を放った
掛布雅之(
阪神)と2人だけだ。
派手な一発が目立つ一方、コメントは謙虚で態度も真面目。プライドの高い「元大リーガー」が多かった当時では珍しいタイプだった。捕手としてプレーしたことも話題になった。1年目は・・・
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