球史に残る金字塔「V9」を支えた左腕たちがいた。弱小だった国鉄の大エースに君臨した男は、1965年に10年選手制度を行使して移籍を果たすと、徹底したプロ意識、優勝への熱き思いがナインへと伝播する。川上哲治監督の目論見どおりに伝統球団を変えた。 写真=BBM ワシのやり方
すでに生ける伝説となっていた左腕の入団を機に、V9が幕を開けたのは偶然ではない。
国鉄入団2年目から14年連続で20勝以上を挙げ、防御率1点台が6度、最多奪三振が10度、1951年にノーヒットノーラン、57年には完全試合も達成するなど、通算353勝をマークしていた金田正一。だが、チームは50年の誕生以来、常に下位へ低迷し、61年の3位が最高という体たらく。さらに球団経営にも苦しみ、サン
ケイへの身売りが決まっていた。
「ワシは住み慣れたチームをやめたくなかった」と言いながらも64年のオフ、10年選手制度の権利を行使して
巨人への移籍を決めたのは、国鉄では決して味わうことができない優勝、日本シリーズへの渇望があったからだ。入団発表の席ではこう口にしている。
「過去のことを忘れ“新人・金田”として、巨人に溶け込みたい」
優勝に縁がない球団で、強い巨人を倒すことだけが生きがいだった過去との決別だった。そして・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン