最強助っ人5人には選出されなかったものの、その成績や活躍において引けを取らない選手ばかりだ。優勝やタイトルに縁のなかった者もいるが、今もファンの間で語り継がれている。 【週べ厳選! ヤクルト歴代最強助っ人5傑】はこちら ホーナー 見せつけた現役メジャーの底力
日本デビューは1987年5月5日の
阪神戦(神宮)。右翼ポール際に来日初本塁打を放つと、翌日の同カードも3発を叩き込み、さらに3日後の
広島戦(佐世保)でも2発と4試合で6本塁打。小柄ながら鋭いスイングで打球速度も異次元。現役メジャーの底力を見せつけ、全国に「ホーナー旋風」を巻き起こした。途中で腰痛から戦線離脱も93試合で31本塁打。規定打席未到達ながら30本塁打以上は史上初の快挙だった。それでも翌88年はメジャー復帰。1年限りではあったものの、その衝撃度は絶大。今年5月に68歳で死去したばかり。
[成績]93試合出場、99安打、31本塁打、73打点、0盗塁、打率.327 ブロス 心優しき長身ノーヒッター
メジャーでは10試合に登板して未勝利。1995年2月のユマキャンプでテストを受けての入団だった。205cmの長身から投げ下ろす速球に加えて独特のフォークボールを操り、同年14勝を挙げて優勝に貢献。最優秀防御率のタイトルも獲得し、9月9日の
巨人戦(東京ドーム)ではノーヒットノーラン。巨人には5勝&防御率0.23と滅法強かった。
オリックスとの日本シリーズでも第1戦と第5戦に先発して2勝と日本一の原動力に。気の弱い面があり、捕手の
古田敦也に罵倒して奮い立たせるように頼んでいたという。在籍3年で28勝。98年に
西武に移籍した。
[成績]78試合登板、28勝25敗0S、414.2投球回、325奪三振、防御率3.49 バーネット 最多セーブ2度の熱血クローザー
マウンド上では気性が激しく、退場寸前となったことも少なくないが、グラウンド外では気さくなナイスガイ。
ヤクルト愛も強かった。マイナー時代を含めて・・・
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