身近に好敵手がいることは、成長の源である。28人の侍ジャパン大学代表に選出。今春、関西学生リーグでは優勝を逃したが、その無念を日の丸で晴らす。そして、代表で得た財産を自チームに還元するのだ。 取材・文=沢井史 写真=松村真行、太田裕史 
奈良県生駒市内にある近大グラウンドに併設された室内練習場で撮影。春のリーグ戦後も休まずに練習を重ね、初の侍ジャパン大学代表入りを決めている
自分で考えて調整
春季リーグ戦終了から約2週間後、6月上旬のある雨の日。4年生はオフ期間を兼ねた自主練習の時期で、リーグ戦の疲れを取る選手が多い中、
宮原廉は室内練習場に向けて、歩を進めていた。
「リーグ戦終了後は3日間ほど休んだんですけど、近大は今回、全国大会に出られなかったので……。自分はプロのスカウトさんにアピールできる機会が減ったので、休んでいる場合ではないと思っています。今後に向けて、どんどんやっていくしかないと思っています」
今春のリーグ戦は8試合に登板し、4勝を挙げ、昨秋に続いてベストナインに輝いた。1年秋にデビューし、2年秋に初勝利を挙げて以降、通算13勝をマークする右腕だが、この春、チームはV逸で、優勝した関大に次ぐ2位に終わった。
「先に失点すると、今年の近大はそこまで得点力がないので、自分は防御率0点台を目指してきました(結果はリーグ5位の防御率1.51)。納得できない場面もありましたし、勝たなければいけない試合で勝てなかったのが悔しかったです」
開幕カードとなった関大1回戦では、相手のエース左腕・
米沢友翔(4年・金沢高)と投げ合うも、8回2失点で雨天
コールド引き分け。翌週の立命大2回戦では最速151キロ左腕・
有馬伽久(4年・愛工大名電高)との投げ合いとなったが、中盤以降にピンチを招く場面が目立ち、9回裏に逆転サヨナラ打を浴びて敗戦投手となった。リーグ戦序盤は、調子が上がらなかったという。近大・光元一洋監督は当時の宮原をこう振り返った。
「3月のオープン戦では社会人を相手に非常に良いピッチングをしていたので、その流れで、というのはありました。リーグ戦が始まると調子が良くなくて、特に序盤はなかなか本領発揮とはいきませんでしたが、一番大事な試合にしっかり合わせてくれたのは良かったです」
その“一番大事な試合”というのは、5月13日の関大4回戦だ。開幕節のカードではあるが、試合会場の都合、雨天中止により、1勝1敗1引き分けで迎えた大一番は先送りになっていた。優勝争いを繰り広げる両校にとって、勝てば優勝に大きく前進する。関大は米沢、近大は宮原の両エースが先発することが予想され、GOSANDO南港には12球団46人のスカウトがスタンドに集結していた。
「平日の南港球場にこんなに人が集まることはないので、(スタンドの人の多さに)ちょっとビックリしました(笑)。でも、あの試合はとにかく勝たないといけない試合だったので、周りがどうこうというより勝つことしか考えていませんでした。5回に長打を打たれて先制されたんですけれど、打たれてはいけない場面で変化球が浮いてしまいました。この試合に限らずそういう場面が何度かあったので、そこは秋までにつぶしていくべき課題だと感じました」
7回に浴びたソロ本塁打は捕手の構えたところに投げ切った直球を左翼スタンドへ運ばれた痛恨の一打だった。宮原は7回2失点で降板。試合は1対2で敗れ「バッターを見て、入り方を丁寧にするべきでした」と、天王山の振り返りは反省の弁ばかりだったが、収穫もあった・・・
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