3年秋までリーグ戦10試合の登板で14回2/3を投げ、未勝利だった。コンディションを整えてきた最終学年の今春、秘めたるポテンシャルを発揮。関西学生リーグを制し、全日本大学選手権では54年ぶりの優勝で、名門復活の立役者となった。震災、故障で何度もくじけそうになったが、不屈の闘争心で這い上がってきた。 取材・文=沢井史 写真=太田裕史、矢野寿明 
全日本大学選手権では5試合中4試合で先発し、防御率0.72と安定感ある投球。25イニングで26奪三振のうち、約7割がストレートで奪ったもの。好きな投手はカブス・今永昇太だ
恩師と同じ景色を
全国大会デビューとなった全日本大学選手権。北海学園大との1回戦では、初回からストレートを主体に5者連続奪三振と「主役」を予感させる圧巻の投球を披露。8回まで散発3安打の10奪三振と圧倒し、最高の入りだ。金沢学院大との準々決勝では7回1失点。中1日で迎えた国学院大との準決勝は38.5度の発熱を押して先発し、5回1失点と試合をつくった。準決勝後の取材はキャンセルし、病院へ直行。点滴を打って体調を整えたが、翌朝に再び熱が上がり、点滴を打ってから球場入りした。「もうやるしかない」。慶大との決勝は志願の先発で5回無失点。6回から
百合澤飛(3年・開星高)、9回は中原海晴(4年・徳島商高)が相手打線の反撃を食い止め2対1で逃げ切り、54年ぶり3度目の頂点に立った。
「この春のリーグ戦から自分の自信のある真っすぐを中心としたピッチングができて、全国大会でもそのように投げて抑えることができたので良かったです」
先発4試合で3勝を挙げ失点2、自責点2の防御率0.72。25イニングで26奪三振と、文句なしの数字で最高殊勲選手賞を受賞した。米沢は凛としていた。
「今まで、山口(
山口高志、アドバイザリースタッフ)さんや両親に支えていただいたおかげです。この大会で、結果で恩返しすることができて良かったです」
山口氏は1972年、前回優勝時の関大のエース。その後、阪急で通算50勝を挙げ、引退後は
阪神などでコーチを歴任。2016年から母校で投手陣を指導している。決勝もネット裏席で見守った。「感無量。それに尽きる。案外、涙もろいんで」。歓喜の瞬間は涙腺が崩壊した。
「山口さんに良い景色と言いますか、僕らも良い姿を見せられました。本当にこの4年間、すごくお世話になり、山口さんと同じ景色を味わいたいと言ってきた中で実現できたので素直にうれしいです」
3年秋まで、リーグ戦未勝利だった。
「ケガが続いたんですけど、本当にあきらめずに練習し続けたので、それが、今こうしていい結果につながってくると思うと、うれしいなと思います。チームメートもそうですし、山口さんの存在があったり、両親も心配してくれました。本当、寄り添ってくれる人がいっぱいいたので、負けない気持ちというか、折れることはなかったなというふうに思います」
米沢の快進撃は、4年春にしてつかんだリーグ戦初勝利から始まった。関学大1回戦は1安打、無四球、13奪三振の“準完全試合”での1対0の完封劇だった。
「関関戦は調子自体がすごく良かったですし、甲子園というマウンドに力を貸してもらえたというのもありました。高校時代は立てなかった舞台で投げさせてもらえて、良いパフォーマンスができたことが、勢いづけるきっかけになりました」
真骨頂を見せたのが近大4回戦だった。優勝争いを繰り広げていた近大のエースで、同じく今秋ドラフト上位候補に挙がる最速154キロ右腕・
宮原廉(4年・崇徳高)との投げ合いに、NPB12球団46人のスカウトがスタンドに詰めかけた。
試合は息詰まる投手戦となった。米沢は8回途中1失点と、7回2失点で降板した宮原とのライバル対決を制して、2勝1敗1分で勝ち点4を奪取。ストレートは自己最速タイの149キロを計測した。
「僕はいつも試合前にスタンドの雰囲気を見るんですけれど、(スカウトが)いるなとは思いましたが、だからどうこうというのはなく、緊張もなかったです。あの試合は好投手との投げ合いで、アドレナ
リンが出ていましたし、その中で良いパフォーマンスができたのかなと思います」
関大は最終カードの京大戦で連勝し、勝ち点5の完全優勝で、5季ぶり41度目のリーグ制覇を決めた。春に限定すれば1995年以来、31年ぶりの覇権奪取だった。米沢は8試合に登板し4勝をマークし、最優秀選手を受賞した。55イニングで67奪三振(奪三振率10.96)と、一気にドラフト戦線の中心に躍り出た。苦労の末に大学日本一の称号を手にし・・・
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