2010年前後の阪神と言えば、チーム自体は実力がありながらも、なかなか優勝が手に届かなかった。この時期に「美しきワインドアップ」と称された左腕がエースとして猛虎を支え続けた。 文=道辻歩(デイリースポーツ) 写真=BBM 
美しきワインドアップが能見の代名詞。華麗な部分がピックアップされがちだが、実際には地道な努力でエースまで駆け上がった
必然的にエースへ
自他ともに認める、とすればおそらくは語弊がある。
「そう呼ばれるのが好きじゃない」などと自身では受け入れなかったからだが、
能見篤史は「エース」の称号が似合うだけのものを残した。積み重ねた実績や集まった信頼から来るものだが、決して順風満帆な道のりではなかった。
「思い描いたとおりにできなかった」というのは、鮮やかに花開く前の耐えて過ごした時期のこと。2005年の自由獲得枠で大阪ガスから阪神に入団し、ルーキーイヤーで26歳。
「4年くらいはダメだった。一、二軍を行き来して、良くても続かない。戦力外になっても不思議じゃなかった」。1年目から4勝、2勝、4勝と続き、4年目の08年は11試合で0勝に終わる。ただその翌09年に一気にブレークする。ターニングポイントの始まりは・・・
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