次世代のエースとして期待された21歳の左腕は、先発事情が苦しかった4月末に一軍に昇格。登板を積み重ねていくにつれて、持ち味のテンポのよさを発揮し、小久保裕紀監督から「試合を支配している」と絶賛された。“絶対的エース”への階段を上っている。 取材・構成=田尻耕太郎(スポーツライター) 写真=湯浅芳昭
※情報は9月27日時点 経験を生かし切る
2年目の昨季はファームタイ記録の46回2/3連続無失点と結果を残し、一軍ではプロ初勝利をマーク。3年目でさらなる飛躍を目指し、シーズン中に手術を受けることを決意した。開幕先発ローテーション入りこそ逃したが、チームトップタイの12勝を挙げ、リーグ3連覇に貢献した。 ──およそ1年前の昨年9月末は、病院のベッドの上でした。
前田悠 あ、確かに。去年9月26日に左肘のクリーニング手術を受けました。
──病院のベッドの上で「来季こそ」と燃えていたのでしょうか。
前田悠 1週間近く入院していましたが、本当に退屈でした。最初は他愛もない動画とかで時間を潰していましたが、やっぱり野球のことを考えるようになって。自分の投球映像を見たり、退院したらどんな練習ができるか調べたりしていました。しばらくは上半身に負荷をかけられなくても足腰を鍛えることができたので。
──その後回復して春季キャンプはA組。しかし春先は苦闘しました。
前田悠 はい。投げている感覚も悪くて、何をしてもうまくいかない。悩み過ぎて、体が疲れる前に精神的に参ってしまって。宿舎に戻ってから翌日にやることをノートに書くのですが、中途半端な時間に気絶するように寝落ちしてしまい、真夜中に目が覚めてしまったことも。オープン戦最初の登板は体調不良で回避。開幕先発ローテーション争いからも離脱。散々でした。でも、そこでいろいろなことに気づけた。今は無駄な時間ではなかったと思えます。
──一軍昇格は、開幕から約1カ月後でした。復調のきっかけは。
前田悠 4月17日のファーム西地区の
オリックス戦(タマスタ筑後)で良い感覚があったんです。その前の関西遠征があった合間に地元の滋賀に帰って、学生時代からお世話になっているトレーナーさんとフォームの感覚などを話す機会があり、そこで自分の中でこれかなというものが見つかりました。
──その感覚とは?
前田悠 最初のころは踏み込む右足の伸展とリリースのときの胸の伸展を合わせるというのをやっていました。今はちょっと違うんですけど。だけど、あのときはそれがハマって、一気に球速も上がりました。
──一軍で先発ローテに定着して連勝街道まっしぐら。今季大ブレークの分岐点になった試合を挙げてください。
前田悠 まずはピンクフルデーで今季初勝利を挙げた(5月10日の)
ロッテ戦(みずほPayPay)ですね。あの日も真っすぐが良かったし、課題だったクイックモーションも良くなった。あとは(6月6日の)
DeNA戦(横浜)です。この試合では投球テンポのリズムと、スライダーが良かった。スライダーが使えると感じることができた試合です。2026年型の自分のピッチングができたのがDeNA戦でした。それに大阪桐蔭の1学年先輩の松尾(
松尾汐恩)さんとの対戦もありましたし。やっぱり僕の中で特別な存在。高校で何度も・・・
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