日本プロ野球最高峰の戦い、日本シリーズ──。3勝3敗で迎えた最終決戦には、数々のドラマが刻まれてきた。1954年の日本シリーズから2023年の阪神対オリックスまで、球史に残る名勝負は数知れない。日本一の座をかけて繰り広げられた、記憶に残る第7戦の激闘を振り返っていく。 
第7戦で因縁の加藤から駒田が先制ソロを放ち、流れは決定的なものとなった
【1989年(平成元年)】巨人 4勝 - 3勝 近鉄
西鉄が
巨人相手に日本シリーズ史上初の3連敗から4連勝という離れ業を成し遂げた1958年から31年、奇しくも当時の巨人のエースだった
藤田元司が巨人監督、西鉄の二塁手だった
仰木彬が近鉄監督として激突したこの年、再び「3連敗4連勝」のドラマが再現されることになった。
セ・リーグを独走した巨人が下馬評では有利と言われていたが、
西武、オリックスとの三つ巴の激闘を制した近鉄の勢いは本物だった。初戦で先発した
斎藤雅樹はいきなり
大石第二朗に先頭打者本塁打を浴び、最後は3対4で競り負けると、第2戦も6回二死満塁から
駒田徳広の2点適時打で先制したものの、すぐに追いつかれ、7回二死満塁から
桑田真澄が
ハーマン・リベラに走者一掃の適時二塁打を打たれて逆転負け。藤井寺から東京ドームに舞台を移した第3戦も、第2戦に救援登板していた
加藤哲郎に7回途中まで無失点に抑えられる完封負け。あれよあれよという間に3連敗を喫してしまった。
この第3戦後、加藤のヒーローインタビューが潮目を変えることになる。
「シーズン中のほうがよっぽどしんどかった。相手も強かったし」
この言葉が「巨人は(パ・リーグ最下位だった)
ロッテより弱い」という表現で報道されたことにより、巨人ナインに火がついた。
そうした状況で迎えた第4戦・・・
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