日本プロ野球最高峰の戦い、日本シリーズ──。2026年もついにこの季節が訪れた。4勝先取という絶対的なレギュレーションの下、数多の伝説が産み落とされてきた戦いの中で、“3勝3敗”で最終戦に突入したのはこれまでに22度。日本一の座をかけた至高の激闘と言える“3勝3敗のキセキ”を振り返っていく。 
第7戦の9回、江夏がこのイニングに投じた19球目が運命を分けた
【1979年(昭和54年)】広島 4勝 - 3勝 近鉄
初出場だった1975年に阪急に敗れて以来、4年ぶりに日本シリーズの舞台へ帰ってきた
広島と、その阪急とのプレーオフを制して球団初となるシリーズ出場を果たした近鉄。「どちらが勝っても初の日本一」となった対戦は、球史に残る劇的なフィナーレが待っていた。
近鉄は本拠地の藤井寺球場にナイター設備がなく、日生球場も収容人数が3万人に満たなかったため、プレーオフと同様に南海の大阪球場を間借りして開催された。その大阪球場での第1、2戦は
井本隆の完投、
鈴木啓示の完封でホームの近鉄が2勝。しかし、舞台が広島市民球場に移ると、第3、4戦は広島が逆転勝利。第5戦も
山根和夫の完封で先に王手をかける。ところが第6戦は第4戦でKOされた井本が志願の中2日で先発して完投勝利。打線も小刻みに得点を加えて近鉄が逆王手をかけた。
迎えた第7戦。先手を奪ったのは広島。初回に先頭の
高橋慶彦の右前打を
マニエルが後逸して無死三塁となると、続く
衣笠祥雄の適時打で先制。3回にも
水谷実雄の適時打でリードを広げる。5回に
平野光泰の2ランで同点に追いつかれるも、6回に
水沼四郎の2ランで再び勝ち越し。その裏に一死二、三塁から
羽田耕一の三ゴロで1点を返されるも、1点のリードで試合終盤を迎えた。
広島は山根から福士明夫とつなぎ・・・
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