ドライチの称号は毎年12人にしか与えられない。球団からの最大級の評価であり、選手にはこれ以上ない名誉だろう。 取材・文=早川大介 写真=大賀章好 
同じく巨人から3位指名を受けた池田聖摩の記念撮影に笑顔で参加した織田。この場では純粋にチームメートの指名を喜んだが、胸中はいかに
ドラフト目前に進路決断 強行指名は想定内も……
この日は、共に戦ってきたチームメートの晴れ舞台を見届けるために来た、はずだった。
10月22日、運命のドラフト会議。横浜高の講堂には、指名の瞬間を待つ選手たちと、その行方を見守るチームメートが集まっていた。最前列には、同校のドラフト候補である池田聖摩が座る。そして、その一列後ろの左端に、
織田翔希の姿があった。
本来であれば、織田もこの日の主役になるはずだった。甲子園を沸かせた世代No.1右腕。多くの球団がその動向に注目していたが、ドラフト会議を目前に控えた10月15日、18歳の若者は自らの進路について大きな決断を下していた。
「各球団の皆さまとの面談でもお伝えさせていただきましたが、自分の最終目標である世界一のピッチャー、世界で活躍するという目標に向け、アメリカの地で挑戦することに決めました」
NPBを経由することなく、海を渡る。日本のプロ野球で経験を積んでからメジャーを目指すのではなく、最初からアメリカで挑戦する道を選んだ。各球団との面談を終えた上での決断だっただけに、その意思は固く、会見でも自らの言葉で思いを語っていた。
このドラフトで強行指名する球団が現れなければ、夢への挑戦はすんなりと始まるはずだった。織田自身も、この日は池田の吉報を待つ一人として、その瞬間を迎えるつもりだったのだろう。
しかし・・・
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