今キャンプで最も熱い話題を振りまく男・黒田博樹がチームに合流した。40歳を迎えた今季、20億円とも言われたメジャーのオファーを袖にして、8年ぶりに広島に復帰することを決断。その一挙手一投足に注目が集まるのは当然だ。24年ぶりの優勝の使者がいよいよ動きだした。 文=前原淳 写真=毛受亮介、石井愛子 1球の重みを考え広島復帰を決断
アメリカから東京、広島を経て、沖縄で黒田フィーバーが巻き起こっている。2月17日、古巣・広島に復帰した黒田博樹が沖縄2次キャンプに合流。球場の警備員を例年の3倍以上増員するほどの注目度の高さ。人だかりができるほど多くのファンと報道陣が、その一挙手一投足に注目した。
電撃復帰が発表されたのは、昨年末。20億円前後のメジャー・リーグ球団のオファーを蹴って広島に復帰するという決断に、カープファンだけでなく、全国のプロ野球ファンが驚き、そして歓喜した。そして男は、2月14日に帰国し、15日に広島入り。翌16日に広島市内のホテルで入団会見を行った。
「いつ最後の1球、最後の登板になってもいいという気持ちで、純粋な気持ちで今まで野球をやってきた。その1球のためにどれだけ気持ちを込めて投げられるか考えたときに、カープのユニフォームを着て投げた方が最後の1球になったとしても後悔は少ないんじゃないかと自分自身で判断しました」
1球の重み。残された野球人生をカープに捧げることを強く決意した。

合流初日の2月17日は、テレビカメラ20台、報道陣220人が集結、注目度の高さを表していた
調整はメジャー流と日本流の融合で着々
2次キャンプ初日の17日、新たなチームメートと顔を合わせた。歓迎セレモニーから、背番号15を初披露。8年ぶりに同じユニフォームに袖を通した
新井貴浩は、「僕はユニフォーム姿を見ても違和感がなかった。初めて会う選手は違和感があると思う。バリバリのメジャー・リーガーだし」と再会に表情を緩めた。
アメリカですでに4度ブルペン入りしてきたとはいえ、時差ボケが残るコンディションから、初日はすべて別メニュー。2日目以降もチームから離れて調整する姿が見られた。7年間で染み付いたメジャー流だ。
しかし、シーズンに向けて日本流も取り入れる。「常に何かにチャレンジしてきた」という右腕にとって、日本復帰後の挑戦はカーブの習得にある。キャッチボールから握りを確認しながら投じ、ブルペンでも積極的に試投した。
「メジャーの球は日本と違って操りづらいところがあったけど、メジャーの球よりも日本の球の方が投げやすい」。日本の統一球については革質や縫い目の高さに手応えを感じている。また、日本復帰を機に球数制限も解除した。合流3日目の2度目のブルペンで76球の投げ込み。日本では突出した球数ではないが、メジャー・リーグ時代はブルペンでの球数は30球程度に制限されてきた。アメリカで7年間プレーしてきた黒田からすると異例の球数だった。「シーズンに入れば完投もある。8、9回は投げることになる。イニング間(のキャッチボール)を含めれば150球から160球くらいになる。それなりの準備をしたい」
さらに100球程度の投げ込みを視野に入れる。メジャー流調整を行いながら、日本流を取り入れている。
公式戦復帰登板は、3月29日
ヤクルトとの開幕カード3戦目(マツダ広島)が濃厚だ。2次キャンプ最終クールから実戦形式の投球を行い、3月8日から中6日で調整していくプランが考えられる。ブルペンから交互に球を受けている
石原慶幸と
會澤翼の正妻候補と連係を高めながら、8年ぶりの日本マウンドを目指していく。

あらためてチームメートとなるナインにあいさつする黒田。「覚悟を持ってきた。よろしくお願いします」

全体メニューと個別メニューを組み合わせながら調整を行う中、投手陣には明るいムードが漂う

ブルペン投球後は今季の正捕手候補・會澤とコミュニケーションを取る場面も

黒田の“男気”にファンも熱狂。連日、大勢の観衆がキャンプ地に集う
PROFILE くろだ・ひろき●右投右打。185��93�圈�1975年2月10日生まれ。大阪府出身:上宮高-専大-広島97年2位-ドジャース08-ヤンキース12-広島15■14年成績:(メジャー)32試合登板11勝9敗、防御率3.71