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引退惜別インタビュー

引退のロッテ・サブローに聞く 「僕を愛してくださったように、若い選手たちも愛してやってください」

 

2005年の衝撃


サブローが入団した1995年、ロッテはバレンタインの指揮の下、2位に食い込むが、翌年からは再び“定位置”のBクラスへと逆戻り。98年には悪夢の“18連敗”を経験するなど、暗黒とも言える時代をさまよっていた。サブロー自身も「(このときは)優勝できるなんて思ってなかった」と振り返る。しかし、ロッテ浦和で蓄えてきた若き力を中心に、徐々に戦力は整い、迎えた2005年、結実の時を迎える。

 プロの世界に飛び込んで、最初に感じたのは“スピードの違い”でしたね。それに正直に言うと、あのころの自分はまだ適当な部分がありました。練習よりも遊びたい、みたいなところがあったんです。でも96年に松本さん(尚樹/現・球団本部長補佐兼編成部長)が入ってきて、黙々と練習している姿を見ているうちに、僕も変わっていったんです。「こんなに練習するんだ、自分もやろう」って。

 97年に山本功児さんが二軍監督になったことも大きなきっかけになりました。だんだん練習するのが楽しくなってきて、そこで結果もついてきたので、やりがいも感じるようになって。野球に真面目に取り組むようになりました。福浦さんを含めていつも3人でやっていたんですけど、福浦さんと僕は松本さんにすごく触発されていると思います。それまでの自分は「甘かったな」って気づかせてくれた。そういう意味で松本さんには感謝しています。

97年6月6日の巨人戦[QVCマリン]、連続打数安打を9に伸ばし、“26番目の選手=ファン”を表す背番号26のユニフォームを手にファンの歓声に応える。サブローは常にファンとともにあった


 その中で2004年にボビー(バレンタイン元監督)が復帰しました・・・

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