
先輩の柳裕也[中日]と同じく、最終学年は主将としてチームをけん引する
「将来性」の高校生に対し、大学生のドラフト1位候補には「即戦力」が求められる。プロから最上位の評価を得るため、
森下暢仁は進学した。
大分商高では1年夏、控えの内野手として甲子園の土を踏んでいる(出場機会なし)。1学年上には左腕・
笠谷俊介(
ソフトバンク)がおり、2年夏は三塁手だった。同秋からエースも11月中旬から右肩第一肋骨に痛みが出て、12月には左肩第一肋骨に派生。その後、病院で視察を受けると骨折が判明した。翌年1月下旬までの時間が、森下の分岐点。スクワットなど下半身強化に着手し、また毎晩、丼2杯を食べて一冬で体重8キロ増の70キロにアップした。
翌年3月の練習試合(対鹿児島実高)で、自己最速を5キロ更新する148キロを計測。天性の腕のしなりと柔軟性は、大分商高でバレーボール部だった母・美生さん譲り。さらに6月、同夏の甲子園で全国制覇を遂げる東海大相模高(神奈川)との練習試合で2失点完投(2対2)。3年夏、甲子園は逃したものの、日本開催のU18W杯の高校日本代表に選出され、ドラフト上位候補にリストアップされた。侍ジャパンでプレーするまではプロも視野に入れていたが、大学ジャパンとの壮行試合(甲子園)で1回3失点を喫すると、方針転換。ドラフト1位指名を受ける東海大相模高・
小笠原慎之介(中日)、県岐阜商高・
高橋純平(ソフトバンク)との体力差を痛感。また、明大で先輩となる当時3年生の柳裕也(中日)の投球を見て「明治なら、成長できる」と、大学進学に切り替えている。大分商高で同級生だった
川瀬晃(ソフトバンク)からプロ入りを誘われたが、心がブレることはなかった。
明大では1年春に神宮デビューを飾るが、リーグ戦後の新人戦決勝(対慶大)で先発も3回途中に緊急降板。「バチッ! という音がした」。右ヒジの疲労骨折を乗り越え、2年春には先発に定着。最速を151キロに伸ばし、3年春からは柳ら歴代エースが着けてきた「11」を継承した。春3勝、秋4勝も、リーグ優勝へと導くことはできず「この冬が勝負。春は(全5カードの)1回戦をすべて勝つ」と、主将となった2019年は年間10勝をノルマに設定する。
高校時代、自らのレベルを知る機会となった侍ジャパン。3年夏は大学日本代表でプレーし、日体大・
松本航(
西武1位)から真っすぐの質、東洋大・
甲斐野央(ソフトバンク1位)からはスライダー、フォークを学んだ。最終学年はチームを頂点へ導いた上で、進路について言及する。
「1年目からプロで活躍できるように、そのための4年間だと思います。この1年間でレベルアップして、上位で指名されるように努力したい」
憧れの投手はドジャース・
前田健太、
楽天・
岸孝之、
巨人・
菅野智之といったチームから信頼される先発完投型だ。森下はすでに「2019年の目玉」と言われるが「評価していただけるのはうれしいことですが、本当にそう言っていただけるように、見合った結果を残したい」。好きな言葉は「ひたむきさ」。高校、大学と故障を経験しており「自分のやることに対して責任と自覚を持ち、真剣に取り組む」と、1日24時間を大事に使っていく。
PERSONAL CHECK
最速 151キロ 変化球 カーブ、カットボール、チェンジアップ 
東京六大学通算9勝。同学年の立大・田中誠也と慶大・高橋佑樹は10勝で、2人はともにベストナイン受賞経歴があり、森下は「タイトルを取りたい」とライバル心に燃えている。
PROFILE もりした・まさと●1997年8月25日生まれ。大分県出身。180cm73kg。右投右打。明治小3年時から明治少年野球クラブで野球を始め、6年時から投手。大東中では3年時に県大会、九州大会を制して全国大会出場。大分商高では1年夏からベンチ入りし、同夏の甲子園出場。2年秋からエースで3年夏は県大会準優勝。U18W杯では高校日本代表として銀メダル獲得。明大では1年春から登板し、東京六大学リーグ通算27試合登板、9勝8敗、防御率3.04。今夏は大学日本代表として日米大学選手権(米国開催)、ハーレーム・ベースボールウイークでは優勝に貢献した。
取材・文=岡本朋祐 ベースボールマガジン1月号より転載