週刊ベースボールONLINE

訃報

異能の頭脳派投手・安田猛さん死去

 

打者をからかうかのような遊び心あふれるピッチングを見せることも


「僕は技巧派ではない」


「じゃあ、真っ向勝負って何ですか」

 インタビューのさなか、そんな質問をされたことを思い出した。

「僕は技巧派じゃない。本格派ですからね」

 と言われ、こちらが冗談と思い、笑ったときだ。

 早大から大昭和製紙を経てヤクルト入り。ドラフト6位と決して期待は大きくなかったが、プロ1、2年目と、いきなり2年連続で最優秀防御率に輝く(72年2.08、73年2.02)。73年には81イニング連続無四球の日本最長記録もつくったが、三原脩監督の指示で、阪神田淵幸一への敬遠により“止めて”いる。

「1年目は、なんか知らねえけど、打たれないなってくらいでしたけどね。だってプロなのにストレートは135キロくらいですよ。無四球の記録について一つ言わせていただければ、ただストライクを投げただけじゃない。四球で逃げず、全部勝負して抑えたということです」

 さらに「ボール1個の出し入れですか」と尋ねると、「半個でしょうね。1個じゃ大き過ぎる。僕は変化球も半個なんですよ。変化が遅く、ベースの隅に行ってきゅっと小さく曲がる」と答えた。

 ピッチングのテンポがよく、時に人を食ったような超スローボールを投げた。「何事も遊び心。要は余裕ですよ。60キロくらいの球で打ち取った後、外野を向いて顔を隠して笑ったりもありました」と言って笑う。その笑顔から「がんばれ!! タブチくん!!」のふてぶてしきキャラ、「ヤスダ」が顔を出したようにも思った。

同学年の松岡弘(右)と左右のエースとしてチームを支えた


 ヤクルトでは、右腕・松岡弘とダブルエースとして活躍。右の速球派の松岡に対し、左の技巧派の印象があったが、それは冒頭のように、きっぱり否定された。

「僕は一度も王さんを敬遠したことがなかったですしね。逃げたことはありませんよ。以前、王さんがテレビの取材で『泳がされて打ち取られたピッチャーはたくさんいる。でも、安田は詰まらされて打ち取られた数少ない投手の一人だ』と言ってくれたんですよ。あれはうれしかったなあ」

 巨人王貞治である。安田は王が756号の世界記録をつくった77年、記録達成直前まで9打席無安打(1四球)に抑えたが、達成翌日、757号目の本塁打をサヨナラで打たれている。攻め方を尋ねると、

「一本足は特長だけど、弱点でもあると思ってました。タイミングをいかに崩すかですよね。それでモーションを工夫した。ゆっくり投げたり、クイックで投げたり、それを1球1球変えながらやりましたね。ただ、配球は、ほかの打者と同じですよ。ほとんど内角、シュートをどんどんインコースに投げ込むスタイルです。だから、友達にも何度言っても分かってもらえないんですが、僕はボールの遅い本格派なんですよ(笑)」

 開幕投手となった78年には15勝を挙げ球団初の優勝に貢献も、左ヒザの故障もあって81年引退した。

 その後もヤクルト一筋で過ごし、退団後は社会人、さらに母校・小倉高でもコーチを務めた。2017年に胃ガンと診断され、今年2月20日、死去が明らかにされた。闘病生活の中、体が許す限り母校の練習に顔を出していたとも聞く。(井口英規)

PROFILE
やすだ・たけし●1947年4月25日生まれ。福岡県出身。左投左打。小倉高から早大を経て大昭和製紙に進み、70年都市対抗で優勝して橋戸賞を獲得。72年ヤクルトへ入団すると、ドラフト6位での入団ながら1年目からリリーフを中心にリーグ最多の50試合に登板して7勝5敗、防御率2.08で最優秀防御率の活躍で、新人王にも輝いた。翌73年もリーグ最多53試合に登板して10勝を挙げ、2年連続最優秀防御率。日本記録となる81イニング連続無四球もマークしている。81年限りで現役引退。通算成績358試合登板、93勝80敗17セーブ、防御率3.26
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング