
いつも質問に答えてくれた南海・野村兼任監督
江夏のど真ん中棒球の意図
そう言えば、
巨人の田口(
田口麗斗、3月1日に
ヤクルトへ移籍)が右太もも裏の張りで、キャンプから帰京しちゃったらしいですね。せっかく、この連載でほめたのになあ……。ほめられて張り切り過ぎたんですかね。え、たぶん、読んでない?編集者がそれを言っちゃダメでしょ(笑)。もっと自信を持ってくださいよ。それに読んでいると思ったほうが楽しくないですか。
昨年の田口を見ていたら、いいときは、昔の江夏(
江夏豊。
阪神ほか)みたいだった。股関節をうまく使い、余計な力の入らん投げ方ですね。あれをやっていたら、だんだん、打者の打ち気を見ながら投げられるようになるかと思ったんですよ。
前も話しましたが、2年目(1968年)の江夏が、僕のサインを無視して、ど真ん中に、ほんと打ってくださいみたいな球を投げるときがあった。こっちは毎回、心臓が止まりそうです。あいつに「なんでそんな球を投げるんだ」と言ってもニヤニヤするだけ。ただ不思議なことに、それが打たれたことがなかったんです。
僕にとっては高校(享栄商高)の先輩でもある大投手の
金田正一さん(巨人時代)にたまたま会ったときに聞いてみたら「辻、100勝以上するピッチャーは打者の打ち気が読めるんだ」と言われ、なるほどなあ、と。確かにあいつ、打たんと思うと棒球を投げるけど、こっちが、「これは打たれる、やばい」と思ったら、ゾーンを少しだけ外してくることがありましたからね。
洞察力とか勘だけじゃないですよ。江夏のフォームを見たことがありますよね。今のピッチャーみたいに、「えい、やあ!」じゃなく、投げるまでの間みたいなものがある。もちろん、そうは言っても、一度始めた動きの中で狙いを修正し、しかも思ったところに投げるなんて最初は信じられんかったですけどね。
田口も、江夏に近い体の使い方が、たまたまだったかもしれんけど、できそうなフォームになっていた。あれを見たとき、僕がバリバリの元気でブルペンにいたら、15勝はさせられるなと思いました。
昔はコーチじゃなく、キャッチャーがピッチャーを育てることもあったんですよ。僕だけじゃないです。野村(
野村克也)さん(南海ほか)もそうだったんじゃないかな。捕っている人間が一番分かるからね。たぶん、古田(
古田敦也。ヤクルト)や谷繁(
谷繁元信。
中日ほか)あたりまでじゃないですか。そういう感覚を持っていたのは。
甲子園の肩強化秘密特訓?
今のキャッチャーは、リードやキャッチングも、みんな一緒でしょ。色がない。あとは横着なんです。打つほうが大事と思うのかもしれないけど、スタメンになったと思うと、キャッチングが崩れる。昨年で言えば、甲斐(
甲斐拓也)はシーズン終盤になって生まれ変わったけど、それまでは雑になっていた。昔は野村さん、森(
森祇晶)さん(巨人)みたいな巨匠でも、崩さず丁ねいに捕球していたけどね。
あと気になるのは、今のキャッチャーはベンチばっかり見てるでしょ。僕らのころはベンチなんて関係ない。自分たちで内野や外野の守備位置の指示もやったし、ピックオフも仕掛けた。内野手も、僕のサインを見て自分たちの判断で動いていましたしね。これは昔の野球と今の野球の大きな違いかもしれんです。選手が考えるか、ベンチが考えるかいうんですかね。
自分で考えないから技も生まれない。僕はいろいろやりましたよ。ピックオフで一塁、三塁の走者を刺したりね。それで試合に緊張感も出て締まるじゃないですか。セカンドもやりましたよ。僕が阪神時代、ショートの
藤田平とやったのは、二塁走者がセカンドに帰塁の際、こっちを向かず、真横を向いてのそっと戻ってくるヤツがいるじゃないですか。そのときサインを出して、投手の肩口に投げたのを投手が捕らず、セカンドに入った平のところまで行ってアウトにする、というのを何回かしました。
コツは相手のコーチやほかの選手にバレて声を出されんように、普通に立ち上がって、投手への返球みたいな流れからピュッと投げることです。肩も強くないとできませんよ。
そうそう、こんな練習知っていますか。昔はウエートなんてやらないし、肩の強化運動なんてなかったんで、タイガースの連中は半分遊びで甲子園の鉄傘に投げ上げる練習をよくやってました。ホームベースからならみんなできるからセカンドベースからね。これだと上がらん人もおりました。
僕はさらに下がって芝生の切れ目からでも届きました。キャッチボールもせんで、いきなりでもね。そこからだと、だいたい遠投で120メートル近く投げられないと上がらんかった。僕はホームから甲子園のラッキーゾーンまで、川崎球場ならスタンドまで届きましたから。
ただね、この練習、途中で禁止になった。鉄傘は角度があるんで、上がった球は球場の外側、甲子園の通用門に落ちていくんですよ。当時は甲子園の競輪場へ行く人が、ちょうど練習時間に、そこを通っていくんですが、みんなボールを持っていってしまう。硬球は高価でしたし、マネジャーに怒られてやめました(笑)。
野村、森の巨匠の話をもう少ししましょうか。森さんには僕が巨人に癖を盗まれると、オフに教えてもらった話をしましたが、野村さんにも随分、教えてもらったんですよ。僕は南海とのオープン戦があると、試合前、必ず野村さんのところにあいさつに行って質問していた。
さっきの江夏の話もしました。「江夏がこんなことするんですけど、何でですか」とね。そうすると、まず質問は無視して、「お前はいいな。阪神は、いい投手ばっかりで、俺を見てみい、南海はなあ……」から始まるんですが(笑)、最後には必ず答えをくれました。このときの質問で言えば、「それはそれでいいんだ。その次の球を行くか逃げるかを決めるとき、その球への打者の反応を見ていたら生きるぞ」でした。
PROFILE 辻恭彦/つじ・やすひこ●1942年6月18日生まれ。愛知県出身。享栄商高から西濃運輸を経て62年夏阪神入団。75年大洋に移籍し、84年引退。その後、大洋、阪神、横浜のコーチを歴任した。通算974試合、418安打、44本塁打、163打点、打率.209。ダンプの愛称は同姓の捕手・
辻佳紀がいたためでもある。