今年でプロ21年目を迎えたヤクルトの石川雅規。42歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は177。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2022年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 古田氏からアドバイスされたボール
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日本シリーズで紅林を空振り三振に斬って取り、ベンチに戻る石川
「日本シリーズで紅林君を三球三振に取った場面がありましたよね……」
2022(令和4)年の春季キャンプで取り組むべき課題、プランを聞いていたときのことだった。石川雅規は突然、前年の日本シリーズ第4戦での自身の登板場面を振り返った。彼が口にしたのは、0対0で迎えた2回表、二死走者なしの場面。ここで打席に入ったのは売り出し中の七番・
紅林弘太郎だった。石川の話は続く。
「……あの場面での2球目、あのボールをもっと自在に投げられるようにしたいんです」
この場面を改めて映像で振り返ってみる。初球は外角高めのシュートを空振りしてワンストライク。続く2球目は同じくアウトコースを突く変化球でツーストライク。今度はカットボールだった。そして3球目はアウトコース低めのシンカー。19歳の紅林はなすすべもなく、空振り三振に終わった。
「あの場面の2球目、右バッターアウトコースへのカットボール。あのボールがものすごく感触が良かったんです。あの感覚を忘れたくなくて、その後も何度もあの場面を映像で見直しています。今回のキャンプでは、その精度を高めたいと思っています」
このボールは、昨年の春季キャンプで臨時コーチを務めた
古田敦也氏からアドバイスされたものだという。
「去年のキャンプのときに古田さんから、“真っ直ぐと同じ軌道でカット、シュートがあると、バッターはかなり迷うはずだよ”ってアドバイスされました。そのボールをあの場面で使ってみたら、すごくいい感触でした。あのボールがあればピッチングの幅もかなり広がると思いますね」
日本一をかけた大事な試合において、それまでほとんど投げたことのないボールを選択した石川、そして
中村悠平のバッテリー。そのボールの効用を説いた古田氏。たかが一球、されど一球――。プロ野球の醍醐味を痛感させられるエピソードだった。
21年目のキャンプでやるべきこと、やりたいこと
その後も、「今年のキャンプで取り組みたいこと」は次から次へと口を突いて出てくる。
「去年練習していた《スラット》は、まだ自分のものにできていないので、今年も継続して練習していきたいです。ピッチングフォームで言えば、
山本昌さんからアドバイスをもらった“ひじを上げる”ということを意識して投げてみたいですね。ひじを上げると手首が走るからシンカーが落ちるそうなんです。それをものにできるかどうか試したいですね」
彼が口にした「スラット」とは、前回この連載でも登場した、「スライダー」と「カットボール」を組み合わせた造語で、両者の変化を持つ新たな変化球として、近年話題になっているボールだ。そして、敬愛する山本氏からアドバイスを受けたシンカーについては、石川によれば「19年のシンカーがすごくよかった」という。しかし20年、そして21年はシンカーの精度がよくなかった。
「ラプソードやトラックマンの数字を見ると、確かによくないんです。ここはまだ改善の余地があります。キャンプではこのあたりも取り組んでみたいですね」
石川の話を聞いていると、「やりたいこと」「やるべきこと」「試してみたいこと」が次から次へと出てくる。プロ21年目を迎えてもなお、その探求心、好奇心は衰えることを知らない。
「やりたいこと、やってみたいことは尽きることがないと思いますね。たとえ20勝しても、“まだこんなこともできるんじゃないかな?”って思うはずなんで……。だから、野球は楽しいんです(笑)」
先日、42歳になったばかりの石川が野球少年の笑顔で、そう語った。
21年目のキャンプは日本一のフラッグとともに
新型コロナウイルス第六波が猛威を振るう中、いよいよプロ21年目のキャンプが始まる。現状の「球界ルール」では「2万人以下の有観客」で行われる予定となっている。昨年は、石川にとってはプロ入り以来初となる「無観客」でのキャンプとなり、ファンの存在の大きさが改めて強く感じられることとなった。
「やっぱり、ファンの方がいるのといないのとでは全然、気持ちの入り方が違います。僕は、キャンプのブルペンというのは、ある意味では《見せる場》だと思っています。コーチに対してはもちろん、評論家の方、ファンの方に自分のピッチングを見てもらう場です。そういうことが相まって、自分の評価につながっていくんだと思うんです」
だからこそ、彼はキャンプにおけるブルペンでのピッチング練習をとても重視している。その思いは、若い後輩たちにもぜひ伝えたいことだという。
「キャンプの時期のブルペンでは、常に“見られているんだ”という意識を持ってほしいですね。変な話、表情を作ってもいいと思うんです。他人に見られながら投げていると、変なプレーはできないから気持ちも入りますし、いい緊張感があるからケガ防止にもつながります。それに、緊張感があった方がいいプレーができますからね」
キャンプ序盤では、前述した課題にトライしながら、「右打者、左打者それぞれのアウトコースにしっかりと投げ切ること」を意識しつつ、「クイックモーションの精度を高めていく」練習を反復するのだという。それは長年の経験から生み出された独自の調整法だ。
「クイックでどれだけ自分本来のストレートを投げられるか? これって、かなり重要なことなんです。若いピッチャーは気持ちよくボールを投げているけど、試合で常に気持ちよく投げられることなんてほとんどないです。それよりは、いろいろなクイックで同じ腕の振りでストライクを投げる練習をした方がいいと僕は思いますね」
先ほども述べたように、現状では有観客でのキャンプ開催となる。ファンにとっては2年ぶりの沖縄となる。石川からファンに向けて、こんなメッセージをもらった。
「今年のキャンプでは日本一のフラッグがはためいています。ぜひ、ファンの方にはそれを見てほしいです。今年も例年通りに“キャリアハイを目指す”というのは変わりません。でも、その前に“開幕ローテーション入りをする”という目標があります。やっぱり、一軍マウンドに立たないと大きな目標は達成できないので」
彼が口にした「大きな目標」とはもちろん、チームの二連覇であり、自身が目標に掲げている「通算200勝」だ。プロ21年目の球春が訪れる。目的意識もモチベーションも、そして体力も気力も、若い頃と何も遜色はない。今年はどんなシーズンとなるのか? 石川雅規の21年目が始まろうとしている――。
(第十二回に続く)
取材・文=長谷川晶一 写真=BBM 連載一覧はコチラから