週刊ベースボールONLINE

長谷川晶一 密着ドキュメント

第二十六回 石川雅規が2年ぶり救援登板で得た「気づき」と「刺激」――「やっぱり先発で投げることが好き」/43歳左腕の2023年【月イチ連載】

 

今年でプロ22年目を迎えたヤクルト石川雅規。43歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は183。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2023年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

異例の「二番手登板」で考えていたこと


7月6日のDeNA戦、2年ぶりにリリーフでマウンドに上がった石川


 7月6日、横浜スタジアムで行われた横浜DeNAベイスターズ戦――。石川雅規は二番手として3回裏から登板した。これまでずっと先発投手へのこだわりを抱き、「投手である以上、先発完投を目指すのは当然のこと」と公言してきた石川にとって、それは実に異例のマウンドとなった。

「この日の登板では、いろいろな気づきもあったし、いろいろな刺激も受けました……」

 これまで、何度も石川に話を聞いてきた。彼が「先発マウンド」に並々ならぬこだわりを持ってきたことは十分理解していた。だからこそ、この日、丸山翔大の後を受けて二番手として登板した石川の「生の言葉」を聞きたかった。

「僕らは、“投げろ”と言われた場面で、常に“わかりました”と言って全力を尽くすのが仕事です。だから、先発であろうと、リリーフであろうと、どんな場面でもマウンドに上がるのは当然のことです。でも、これまでずっと先発マウンドにこだわってきたし、先発投手として生きてきたので、いろいろと考えることはありました」

 冒頭に紹介した発言では「気づき」と「刺激」という言葉が散りばめられていた。彼は何を気づき、どんな刺激を得たのか? 石川はゆっくりと口を開いた。

「2回を無失点に抑えていたマル(丸山)の後を受けてマウンドに行くときに、“中継ぎの人たちはいつもこんなに大変な思いをしているのか”と感じました。この日、3回からマウンドに上がるということは事前に決まっていませんでした。だから、どのタイミングで、どんな準備をすればいいのかは手探り状態の部分もありました。そして、いざ自分が登板することになって、肩の準備をして気持ちの整理をして……」

 現代の野球では各チームとも、いわゆる「勝利の方程式」が確立しており、ある程度は起用パターンが決まっている。ヤクルトで言えば「8回・清水昇、9回・田口麗斗」は、チームに勝利をもたらす盤石の継投だ。それでも、その日の試合展開によって、それまでの連投具合や疲労度によって、あるいは相手打線との兼ね合いによって、継投パターンが異なるケースもある。どのタイミングで肩を作ればいいのか、どのようにメンタルを整えていけばいいのかは千差万別だ。

 ローテーションピッチャーのように、あらかじめ登板日が決まっていて、その日に照準を合わせながら逆算して調整していけばいいというわけではない。もちろん、先発陣とリリーフ陣とを単純に比較して、どちらが大変で、どちらがラクだということではない。そもそも役割が違うのである。役割が違えば、やるべきこと、採るべき思考術が異なるのは当然のことなのだ。

「違う刺激を与えたい」という首脳陣の思惑を受けて


味方のエラーもあり、5イニングを投げ自責ゼロの3失点だった


 この日、石川は3回から7回までの5イニング88球を投じた。自責点は0だったものの、味方の2つのエラーもあって、5回に3失点を喫し、試合はそのまま2対3で敗れた。石川にとって、不本意な結果と終わってしまった。

「この日はいろいろなことがありましたね。でも、何度も言っているように野球にエラーはつきものだから、あの場面は僕がしっかりと抑えなければいけなかった。特に2アウトからの2点は大きな失点になってしまいました。あんな場面こそ、ピッチャーがしっかりと抑えてみんなをカバーしなければいけなかったんですけどね……」

 試合後、伊藤智仁ピッチングコーチは、「石川の二番手起用」について、「先発投手としては難しい入りの中、よく投げた」と称えつつ、報道陣に向けて次のようにコメントしている。

「最近状態があまり良くなかったので石川に違う刺激を与えた。勝てる1番の方法として考えた」(日刊スポーツ・7月7日付)

 冒頭で紹介した石川の言葉を思い出してほしい。彼もまた「刺激」という言葉を口にしている。あらためて、本人に聞こう。この日の石川は、どんな刺激を受けたのか?

「さっきも言ったように、中継ぎ投手の大変さとありがたさに気づいたと同時に、“僕はやっぱり先発にこだわりを持っていたんだなぁ”とあらためて強く感じました。前もって、この日は二番手として投げることは理解していたし、それについては何も不満はないです。でも、自分の本心としては“先発で投げたい”という思いを持っていることに、あらためて気づきました。それは、自分にとっての発見だったし、いい刺激となりました」

 伊藤ピッチングコーチは「違う刺激を与えた」と言い、石川本人は「いい刺激となった」と語った。両者が口にした「刺激」が、はたして同質のものなのか、それとも異なるものなのかはわからない。しかし、少なくとも首脳陣の思惑どおりに「刺激を与える」という結果となったのは事実だった。

あらためて気づいた「先発へのこだわり」


 石川がマウンドに上がった3回裏時点で、ヤクルトは1点リードしていた。そのまま石川が好投を続け、チームに勝利をもたらすことができれば、今季3勝目、通算186勝目の白星が転がり込み、悲願の200勝にまた一歩近づくこととなった。一部マスコミの間では「200勝達成のための高津臣吾監督の温情起用では?」との憶測もあった。この件に関して、高津監督は多くを語らない。当の本人はどう思っているのか?

「今回の起用はチームの作戦の一つですし、僕が言えることはありません。でも、あらためて先発としての勝ち星を喉から手が出るほど欲しているんだなと(笑)。もちろんチームの勝利が1番ですし、中継ぎで好投して勝ち星を得ることは否定しないけど、先発としての勝ち星が欲しいです。そしてチームのためにならない存在ならば……チームの力になれないのであれば……。僕自身にも、小さなプライドがありますからね(笑)。いろいろ考えますよね(笑)」

 穏やかではあったが、それはこれまでにないほどの強い口調だった。さらに石川は続ける。

「……でも、いくら自分が“先発で投げたい”と思っていても、その力がなければ、先発マウンドを任されることもありません。実際に、今の僕が置かれているのはそういう立場なのかもしれません。でも、まだまだ先発にこだわりたいし、そのための準備も続けています。もう一度、先発投手として出番をもらえるようにきちんと準備は怠らないつもりです」

 石川が口にした「気づき」とは、常に緊張状態を保ったままで試合に臨んでいる中継ぎ投手陣の苦労を実感したこと、そのありがたみに気づいたこと。そして、自分の中に眠っている「先発投手へのこだわり」を再認識できたこと。そして、「刺激」とは、「何としてでも先発マウンドを死守したい」という強い思いを抱けたことだった。

「ここ2週間ほど、自分なりにいろいろ考えたし、葛藤したりもしました。僕はやっぱり、先発投手であることにプライドを持っているし、先発で投げることが好きなんですね。長い間野球を続けてきたけど、自分にはまだこんな思いがあったんだって気づいたこと。それはやっぱり、いい刺激になりましたよ」

「先発投手であること」に並々ならぬこだわりを持ってきた石川にとって、今回のイレギュラーな登板は、さまざまな感情をもたらしたのだろう。それでも彼は、やはりいつものように前向きなスタンスを決して崩さない。

「いろいろ考えたし、いろいろ葛藤もあったけど、それでも僕らは常に前に向かっていかないと。前向きに明るくしていたら、《笑う門には福来る》じゃないけど、やっぱりいいことがあるんですよ。結果が出ないときでも、いい部分を見つけていかないとダメですよね。自分で自分のことが嫌いになりたくないから」

「これまで、自分が嫌いになったことは?」と尋ねると石川は笑った。

「めっちゃありますよ(笑)。やっぱり、打たれた自分は嫌いですよ、“何やってんだよ、石川”って思いますよ。でも、打たれて暗い顔して、チームメイトから慰められ待ちをしている自分は気持ち悪いし、もっとイヤですから。だから多少は無理してでも明るく前向きにしているんです」

 前回登板を受けて、伊藤コーチは「そうそう頻繁にはこんな作戦はやらない」と語っている。いよいよ、後半戦が始まった。次回、石川の登板はどんな形で訪れるのだろう? その日、石川はどんな気持ちでマウンドに立つのだろう?

(第二十七回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

書籍『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』ご購入はコチラから

連載一覧はコチラから
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング