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長谷川晶一 密着ドキュメント

第三十九回 史上初24年連続勝利の石川雅規 「高津監督の言葉」「つば九郎への思い」/45歳左腕の2025年【月イチ連載】

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今年でプロ24年目を迎えるヤクルト石川雅規。今年で45歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨季まで積み上げた白星は186。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

史上初「24年連続勝利」を達成して――


史上初の24年連続勝利をマークした石川


 その日の夜、祝福のLINE、メールがひっきりなしに届いた。史上初となる「24年連続勝利」という前人未到の大記録を達成した。本人はもちろん、石川雅規に縁のある人々にとっても、それは自分のことのように嬉しい偉業だった。

「あの日は、“こんなにLINE来る?”っていうぐらい、LINEやショートメールがひっきりなしに届きましたね。面白いのは、“おめでとう”という言葉よりも、“感動した”とか、“勇気をもらった”とか、“元気が出た”という言葉が多かったことでした」

 ここ数年、石川は「みんなの思いを背負って投げている」と口にしている。2025年初登板となった4月9日、甲子園球場で行われた対阪神タイガース戦。やはり、この日もまた、「すでに引退した仲間たちやファンのみなさんの思いを背負って」、石川はマウンドに立ったのである。1回裏、甲子園のマウンドで感じた心境を振り返る。

「マウンドに立った瞬間、“あぁ、また今年も一軍のマウンドに帰ってきたんだなぁ”というのが最初に思ったことですね。真剣勝負の舞台に立つことができる喜びをまずは感じました。その上で、“みんなの思いを背負って投げよう”というのがこの日の心境でした」

 本来であれば、本拠地・神宮球場開幕となる4月1日の対広島東洋カープ戦が、石川の初登板となるはずだったが、関東地方を襲った厚い雨雲に阻まれる形で試合前に中止となった。開幕第4戦、高津臣吾監督直々の指名だっただけに、石川も「本当に投げたかった」と残念がる。

「ヤス(奥川恭伸)の開幕先発が発表された日だったと思います。監督室に呼ばれて、“神宮開幕を任せた。頼むぞ”と告げられました。その瞬間、一気に毛穴が開くというのか、“来た、来た、来たぁ~”という感じで震えました(笑)」

 神宮開幕を石川に託した理由について、高津監督に尋ねると、「スペシャルな日にはスペシャルな選手を」と口にした。その言葉を石川に告げると、その口調は真剣なものに変わった。

「高津監督はいつも節目、節目にメッセージを込めた選手起用をすることは、僕も感じていました。開幕戦をヤスに託したこと、神宮開幕戦で僕を指名してくれたこと。そこには何らかの意味、メッセージがあるんだと思います。でも、改めて《スペシャルな選手》と言われるのは、45歳になってもやっぱり嬉しいものですね(笑)」

試合中止決定後、高津臣吾監督から贈られた言葉


阪神打線を相手に粘投を見せた


 思えば、高津監督就任1年目となる2020年シーズン。コロナ禍に揺れ、何度も開幕延期が繰り返され、ようやく無観客で開催された6月19日の開幕戦。この日のマウンドに立ったのも石川だった。現役時代をともにした高津と石川。両者の絆は深い。

「そうですね。高津監督の就任初となる試合も任せてもらいました。あのときは、“監督就任が決まったときから、石川でいくと決めていた”と言ってもらいました。監督としては全選手平等に、個人的なつき合いで優劣をつけることはないとは思うけど、やっぱり僕自身としては、選手として、コーチとして、そして二軍監督、一軍監督として高津さんとはずっと一緒にやってきたので、思い入れはとても強いですね」

 高津監督は「最年長選手だからといって、200勝が近いからといって、石川を特別扱いはしない」と明言している。関係性が深く、長いからこそ、その目はよりシビアとなる。

「年齢を重ねたベテラン選手というのは、監督にとっては扱いづらい存在なのかもしれない。だからこそ、きちんと結果で示して、周囲を納得させなければいけない。それは強く意識していることです」

 神宮開幕戦が雨天中止となった直後のことだ。石川は調整のために室内練習場のブルペンで投げ込みを行っていた。すると、そこに現れたのが高津監督だったという。

「監督自らわざわざ足を運んでくださり、“今回のスライド登板はないけど、石川がローテーション4番手であることは間違いない。その評価は何も変わらないから”と言ってくれました。言葉の力ってすごいですよね。すごく嬉しかったし、元気が出ました」

 こうして迎えたのが9日の甲子園球場での一戦だった。初回はエラーによる出塁こそあったものの、正捕手・中村悠平の好アシストもあって三者凡退で切り抜けた。しかし、2回裏には連打とフォアボールで無死満塁のピンチを作ってしまう。ここで迎えた梅野隆太郎はピッチャーゴロに打ち取った。しかし、ダブルプレーを焦った石川は本塁に悪送球を投じ、先制点を許してしまう。

「ノーアウト満塁の時点では、まだ冷静さはあったとは思うんですけど、あの盛大にエラーしたときには、自分に腹が立ってカッカしていました。ただ、一度犯してしまったエラーを取り戻すことはできないので、そこはすぐに切り替えるように意識しました。頭の中で改めて、“やってはいけないこと”を整理して、次のバッターに臨むようにしました」

 石川の言う「やってはいけないこと」とは、まずは「フォアボールを出すこと」であり、「ヒットで繋がれること」だった。結果的に、犠牲フライとスクイズで計3失点を喫することにはなったが、この回以外はタイガース打線を無失点に切り抜けることに成功した。

愛すべきつば九郎の思いとともに……


 5回を投げて3失点。当初は6回裏もマウンドに上がる予定だったという。しかし、味方が6回表に猛攻を見せて5点を挙げて逆転。代打の関係で石川はマウンドを降り、後輩投手たちに託すことになった。

「あの日、僕の後に投げた田口(田口麗斗)、荘司(荘司宏太)、清水(清水昇)、石山(石山泰稚)はみんな会心のピッチングをしてくれました。試合前に石井弘寿ピッチングコーチが、“今日はマサが投げるから、ピッチャー陣の力で勝つぞ!”と言っていたんですけど、みんなの気持ちが伝わってきて、それもまた嬉しかったです」

 こうして石川は今季初登板初先発で、見事に初勝利を飾った。通算187勝目。目標とする200勝まで、残り13勝とした。常々、「一つ目がないと、二つ目もない」と語っている石川にとって、「まずは1勝」こそ、続く2勝目の布石となる。試合終了後、いつものようにレフトスタンドに陣取るスワローズファンに駆け寄ってあいさつをする。その傍らには球団マスコット・つばみちゃんの姿があった。

「甲子園までつばみちゃんが来てくれたのは嬉しかったけど、いつもそこにいるはずのつば九郎がいないことが寂しかった。まだ自分の中では気持ちの整理がついていないというか、受けとめ切れていないというのが正直な思いですね……」

 今春の沖縄・浦添キャンプ中に、30年にわたってつば九郎を支えてきた担当スタッフが帰らぬ人となった。以来、石川の心の中にもポッカリ大きな穴が開いたままとなっている。

「いつまでもクヨクヨしていてはいけないし、前に進んでいかなければいけないことはわかっているんですけど、まだまだ気持ちの整理はついていないです。あの日、4月9日は31年前に彼がデビューした日でもありました。つば九郎の誕生日に勝てたこと。本当に背中を後押ししてくれたんだな……、そんな気がして仕方がないですね」

 今年のキャンプイン前日となる1月31日、石川はインスタグラムの個人アカウントを開設した。4月9日の今季初勝利後、彼はつば九郎のぬいぐるみと勝利の記念ボールの写真とともに、こんな言葉を投稿している。

「これからもつばみちゃんとつば九郎、共に戦って行こうね!」

 まずは幸先のいいスタートを切った。昨年は、わずか9試合の登板に終わった悔しさを胸に春季キャンプに励み、オープン戦でもきちんと結果を残した。まずは結果を出した。目標とする200勝に少しでも近づくために、そしてチームの優勝に少しでも貢献するために、石川はこれからも力の限り、その左腕を振り続ける――。

(第四十回に続く)

写真=BBM

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