
試合前に東日本選抜チーム[三塁側]と西日本選抜チーム[一塁側]が開会式で整列。計50人の選手たちが健闘をたたえ合った
軟式球の開発は1918年
快晴の空から強い日差しが降り注ぎ、スタンドからは応援メロディーが流れ、グラウンドでは球児たちが懸命に白球を追う。そんな景色が見られたのは例年より3カ月早いゴールデンウィーク。5月5日、
阪神甲子園球場で「全国高等学校軟式野球選手権大会70回記念 春の軟式交流試合 in 甲子園」が開催された。
これは全国軟式選手権大会が今年で70回の節目を迎えることを記念し実施されたもの。高校軟式野球の魅力を発信することで、軟式野球のさらなる普及と振興を図ることを目的としている。軟式球は1918年に日本で開発され安全な競技として幅広い年代に親しまれた。高校野球の聖地・甲子園球場よりも長い歴史を持つ。日本高野連の寶馨会長も試合前のあいさつでその点に触れた。
「日本に野球が伝わったのが1872年、153年前になります。その後、どんどん野球の人気が出て1924年、101年前に甲子園球場が建設されました。軟式のボールが開発されたのは1918年です。ですから甲子園球場ができる少し前に軟式野球が始まったことになります。その後、硬式野球と軟式野球が日本の野球の根幹を担ってまいりました。今日、この場に集まった選手のみなさんは歴史と文化を継承していく若者であります。甲子園球場の土、芝生、マウンド、ホームベース、空気、日差し。それらを目いっぱい感じてください」
軟式球児も甲子園の舞台に立てるという、入学時には思いもしなかった吉報を選手が聞いたのは昨年末。率直な感想は喜びよりも驚きのほうが大きかった。東日本選抜主将の作新学院高・新井絢斗は「驚きでした。軟式でも甲子園の土を踏めるんだと思いました」。西日本選抜で主将を務めた鹿児島高・佐藤奏太も「えっ? あるんだ?」。そして実際にプレーするとその驚きを超える感動を味わった。
佐藤は西日本選抜の一番・三塁としてプレーボールの瞬間を打席で迎えた。「先頭バッターだったので、すごく鳥肌立ちました。甲子園は小さいころに来たことがあるんですけど・・・
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