第96回都市対抗野球大会は全国12地区で二次予選が行われ、推薦出場の三菱重工East(前回大会優勝)を含め、32チームが出場する。本戦以上に予選は「厳しい戦い」と言われており、激戦区・東京の戦いを追った。7月1日から4日連続での代表決定戦。息詰まる攻防が続いた。 取材・文・写真=佐々木亨 
Hondaは四番・藤野がJR東日本との第3代表決定戦で3ランを放った
東京ガスに敗れたものの、第3代表決定戦で悲願の「東京代表」の座を手にしたのがHondaだ。南関東地区に属していたHondaが東京都連盟所属となったのは昨年のこと。鞍替え1年目は東京スポニチ大会で優勝して幸先のいいスタートを切ったが、都市対抗では東京二次予選の第4代表決定トーナメント二回戦で敗れて悔しさを味わった。
就任2年目の多幡雄一監督(立大)にとっても、昨年の“敗戦”は辛い記憶でしかない。「なぜ、東京に来たんだ」。都市対抗本大会出場を逃して、辛辣な言葉を投げかけられたこともあった。それでも、都市対抗優勝3回の実績を持つHondaの誇りを失うことはなかった。昨年の日本選手権では、夏の悔しさを糧にチームを立て直して準優勝。その勢いのまま、今年はチームとして2年ぶり、東京所属となって初となる東京ドームの切符を手にしたのだ。
第3代表決定戦では、効果的な3本のアーチが勝利を手繰り寄せた。中でも、3点リードで迎えた5回裏に飛び出した四番・
藤野隼大(立大)の3ランは、JR東日本に大きなダメージを与えた。今年の春先に左手の有鈎骨を骨折して出遅れた藤野は、JABA大会に出場することができずに我慢の時期を過ごした。それでも、「都市対抗に間に合わせる」。その一心でリハビリを重ねて、5月中旬からバットを振れるまでに回復した。実戦感覚にやや不安を残す中で東京二次予選を迎えたが、「大会を通して打撃の状態が上がっていった」と振り返る。その中で四番として会心の一発を放った第3代表決定戦。「勝ったので、喜びは100(%)です」。2年ぶりの本大会出場を決めて満面の笑顔を見せる藤野は今、自身の打撃に確かな自信を得ている。
「ガムシャラにバットを振っていた3年目までとは違って、4年目以降は、技術にフィジカルが追いつていき、年々状態はよくなっています」
入社6年目の藤野にとって、2020年の都市対抗優勝はルーキーイヤーに見た光景だ。ベンチ入りこそ果たしたが、出場機会を得ることなく東京ドームの5試合で一度もグラウンドに立つことはなかった。それだけに、強い思いを抱くのだ。
「野球をやっている以上は、自分が出場して都市対抗で優勝したいという夢がある」
1960年創部のHondaにとって今年は38回目となる都市対抗本大会。東京代表として初めて挑む東京ドームでの戦いでは、4度目の黒獅子旗を狙う。多幡監督は力を込めて言うのだ。「東京に来たことが、このチームの今後の財産になるように頑張っていきたい。これからまた、歴史を作っていかなければいけないと思っているので、こうして代表権を手にできたことはよかった」
今シーズンのHondaは、「夢への挑戦〜感謝あふれるチームへ〜」をスローガンに掲げる。
「感謝を体現したいと思ってやってきました。まずは第一目標だった都市対抗出場を達成しましたので、また次に向かっていきたい」
東海地区の鈴鹿、九州地区の熊本も本大会出場を決め、今年はHondaの3チームがそろって東京ドームへ。「Hondaとして企業姿勢を体現したいという思いがありますので、1チームでも多く出場することは大事だと思いますし、その中でみなさんに感動を与えていけるような試合をしていきたいと思います」
多幡監督はそう語り、8月の夏の祭典に視線を送る。