1958年に創刊された『週刊ベースボール』が通算4000号を迎えるにあたり、今週号からカウントダウン企画がスタートする。第1弾は9月28日開催のトークショーに登場する元阪神の掛布雅之氏と元巨人の江川卓氏を筆頭に、伝説のライバルストーリーをお届けしていこう。 写真=BBM 掛布雅之 栄光のミスタータイガース
幾度となく試練に見舞われながら、不屈の魂ではい上がり、「ミスタータイガース」の称号をほしいままにした。習志野高から阪神の入団テストを受け、1973年秋のドラフト6位で入団。ある意味、プロ野球選手になれたことがゴールであり、「自分なんか絶対にレギュラーになれない」という思いからのスタートだったからこそ、「やれることは全部やる」とがむしゃらに猛練習に励み、急激な成長曲線を描いていく。
2年目の途中からレギュラーの座をつかむと、「本当のプロ野球選手としてのスタート」と振り返る3年目に打率.325をマーク。華麗かつアグレッシブな三塁守備も相まってチームの主力になると、78年のオールスター第3戦(後楽園)では3打席連続本塁打で存在感を示し、79年には48本塁打を放って初の本塁打王に輝いた。
しかし、翌80年は左膝を痛めて70試合出場、11本塁打にとどまると、「四番としてゲームを休まず、試合に出続けること。ファンの前で常に自分の野球を見せること。それが最低限、僕がやらなければならない義務」という意識が強まる。3割30本塁打100打点という数字は意識しながらも、「130試合、全試合に出る」ことに目標が変わり、81年からは5年連続で全試合に出場。81年と84年には本塁打王のタイトルを獲得し、「ミスタータイガース」と呼ばれるようになっていった。
四番としての真骨頂を見せたのが、チームを21年ぶりのリーグ優勝&日本一に導いた85年だ。三番・
ランディ・バース、五番・
岡田彰布と破壊力抜群のクリーンアップを形成。巨人・
槙原寛己からのバックスクリーン3連発は語り草だが、「バースと勝負させるためには強い四番が30本塁打以上を打たなければ」という決意の下、自らへのタスクを軽々とクリアする40本塁打をマークした。同時に、「岡田も調子が良かった。我慢してボールを見極め、100個近い四球を選べば打線全体がつながる」と94四球で岡田の100打点超えをアシスト。文字どおり強力打線の核となってチームをけん引した。
チームファーストを貫いていた阪神の四番が、唯一と言っていいほど「ワガママな勝負」をしていたのが・・・
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