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<週刊ベースボール4000号カウントダウン特別企画>ドラフト〜野球人生のスタートの瞬間〜【Part.2 波乱】

 

 1958年に創刊された『週刊ベースボール』が通算4000号を迎えることを記念したカウントダウン企画の第4弾。1965年秋に初めて開催されたプロ野球ドラフト会議を、本誌は毎年伝えてきた。今週は過去のドラフトの名場面を、秘蔵写真で振り返りたい。

 野球選手も人間である以上、入りたい希望の球団はある。そして欲しい選手を指名する権利は、すべての球団にある。結果、選手にとって意中ではない球団が交渉権を獲得し、バッドエンドになることも――。ドラフト時に波乱が起こったケースを紹介する。

写真=BBM ※年はドラフト開催年
【Part.1 競合】はこちら
【Part.3 ア・ラ・カルト】はこちら

【1969年】荒川堯 早大-大洋1位



 本人は養父の荒川博がコーチを務める巨人、神宮が本拠地のアトムズ(現ヤクルト)のどちらかを希望していたが大洋が指名。入団を拒否したが、翌年1月5日に暴漢に襲われて負傷。結局、秋に大洋へ一旦入団し、その後はヤクルトにトレードされた。

【1978年】江川卓 作新学院職員-阪神1位


「空白の一日」事件

 ドラフト史上最大の事件と言える「空白の一日」。法大4年だった前年にクラウンライター(現西武)から1位指名されたが拒否してアメリカへ留学した江川卓は・・・

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