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<訃報>大経大・高代延博監督が死去 日本一の三塁ベースコーチ、ノックの名手が逝く――

 

日本ハムでは1981年の巨人との日本シリーズに出場。内野手の名手として通算917試合に出場した[写真=BBM]


 広島中日阪神などNPB6球団でコーチを務めた高代延博氏が、12月9日午後8時42分、食道胃接合部がんのため死去した。71歳だった。

 高代氏は2020年に阪神を退団後、アマチュア球界で指導を継続した。23年1月からは関西六大学野球連盟の大経大の監督に就任。就任直後の同年4月末、食道胃接合部がんに罹患していることが判明も、公表を避け、学生の前では監督としてグラウンドに立ち続けた。抗がん剤治療などを重ね、24年秋には大きな手術も経験。だが25年には軽いノックを打てるまでに回復した。

 しかし、同年9月ごろから病状が悪化し入院。病室には大経大のユニフォームと野球ボールが飾られた。監督として最期までチームを想い続けた。現役指揮官のままの旅立ちであった。

 1954年5月27日生まれ。奈良県出身。智弁学園高、法大、東芝を経て、79年ドラフト1位で日本ハムに入団。守備の名手として知られ、1年目の同年には新人として初のダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデン・グラブ賞)を遊撃手部門で獲得。80年にはベストナインにも選ばれた。81年には巨人との日本シリーズに出場も、2勝4敗で敗退した。日本ハムで10年間プレーし、88年オフに広島へ移籍、89年限りで引退。NPB通算917試合772安打57本塁打346打点54盗塁、打率.256の成績だ。

 指導者としての転機となったのは90年、法大の先輩である山本浩二監督が率いる広島の一軍コーチに就任したことである。熱血指導に定評があり、その後は中日、日本ハム、ロッテオリックス、阪神に加え、韓国・ハンファでも指導し、42年間ユニフォームを着続けた。中日では星野仙一落合博満両監督の下でリーグ優勝を支えるなど、勝負どころでの指導力が高く評価された。特に三塁ベースコーチとしての判断力は群を抜き、野村克也氏から「日本一の三塁ベースコーチ」と称賛されたほどである。ノックの名手としても知られ、金本知憲福留孝介井端弘和荒木雅博ら多くの一流選手を育て上げた実績もある。

 国際舞台での貢献度も忘れられない。WBC日本代表コーチを09年、13年と2大会連続で務めた。09年大会では内野守備・走塁コーチとして原辰徳監督を支え、日本の連覇に尽力。3連覇を目指した13年の第3回WBCでは山本浩二監督の下で3位と、チームを支え続けた。

 かつて、日の丸を背負う重圧について「眠れなくなるほどだ」と語ったことがある。名参謀として歩み続けた71年の生涯は、かけがえのない日本野球界の“遺産”として受け継がれていくはずだ。

2023年1月に大経大の監督に就任。熱血指導を続け、闘病中も学生を気にかけていた。現役指揮官のまま旅立った[写真=BBM]

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