かつて首位打者に輝いたヒットメーカーにして、日本ハムのまとめ役だったチームリーダーが、異なるリーグの伝統球団に新たな活躍の場を求めた。その決断の理由と、新天地に懸ける思いとは。 取材・構成=杉浦多夢 写真=菅原淳、BBM あこがれの球団
日本ハムをけん引してきた“顔”の1人だったが、昨季は若手の台頭もあって66試合の出場にとどまり、「北海道で育ててもらい、ファイターズで成長させてもらった」と強い思いを残しながらもFA権を行使。小さいころからの大ファンだった巨人での新たなチャレンジを決断した。 ――入団会見では巨人のユニフォームにも袖を通しました。似合っているように感じましたが、いかがでしたか。
松本 あとから写真を見せてもらったときに、違和感なくというか、それなりに似合っているのかなという感じはありましたね。まだジャイアンツの一員になるという実感はそれほど湧いていないんですけど、新しい環境に来て、新しい環境で練習をして、今は新鮮な気持ちです。
――FA権の行使を決めた一番の理由は何だったのでしょうか。
松本 昨年は本当に成績が良くなくて、するかしないかというのは本当に悩んだことではあったんですけど、若いときの自分を考えたときにFAなんて考えたこともなかったですし、そんな人間が権利を得ることができた。成績が良くなかったからこそ、ほかの球団からどういうふうに見られているんだろう、どういう評価なんだろう、評価を聞いてみたいという気持ちが大きくなりました。
――出場機会さえあれば成績は出せるという気持ちがFA宣言につながったところはあるのでしょうか。
松本 昨年に関しては自分自身が数字を残すことができなかったので、試合に出られないのは当たり前ではないですけど、そういう世界なので。若手がすごく成長していく中で、それを上回る成績を僕自身が残せていなかった。新しい場所に行ってまた勝負したいという気持ちがあったのは正直なところです。
――その中で
阿部慎之助監督が真っ先に声を掛けてくれたのですね。
松本 まだ秋季キャンプ中だったと思うんですけど「力を貸してほしい」と言っていただきました。自分自身、納得のいっていない悔しい1年でしたけど、そう言っていただけてすごくうれしいなと思いましたし、本当に大きなモチベーションに変わりました。
――FA宣言をしたときに巨人というのは頭にあったのでしょうか。
松本 あまり表立って言ってはいなかったんですけど、ファイターズを出るのであればパ・リーグよりもセ・リーグに行けたらうれしいなという気持ちはありました。パ・リーグで14年間やってきて、セ・リーグのチームと対戦することは数少ないんですけど、やっぱり野球がちょっと違うというか、プレーの違いを少なからず感じていたので、実際に中に入ってみたらどうなのかを知りたい、経験してみたいという思いがありました。
――小さいころからの巨人ファンであり、あこがれの球団です。
松本 小さいころから夢の一つでしたし、そういうことを口にしていたので、ジャイアンツに行けるとなったときは素直にうれしかったです。テレビをつけたらジャイアンツ戦がやっているのが当たり前で、あこがれというか、いつか東京ドームでプレーしたいとずっと思っていました。ジャイアンツのユニフォームを着てそれが実現できるわけですから。
――背番号は「9」になります。
松本 背番号に関しては9番が空いているというのは分かっていたので、9番だったらなという気持ちは正直ありましたし・・・
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