世界的スーパーヒーローのドジャース・大谷翔平。花巻東高時代から投打の二刀流として注目を集め、高校3年時の2012年から中心的存在だった。大谷は現在31歳。各方面で活躍している、同年代の今を追った。 取材・文=佐々木亨 
ドイツのプロ野球チーム「レーゲンスブルク・レギオネーレ」でプレーする[写真=本人提供]
「現役引退」の経緯
単身で渡った異国の場所が、
笹川晃平の新天地だ。2026年4月からバイエルン州を本拠地とするドイツの野球トップリーグ「レーゲンスブルク・レギオネーレ」のユニフォームを着る彼は、新たな野球道を踏み出している。
1994年生まれ。大谷翔平(ドジャース)や
鈴木誠也(カブス)らと同学年の笹川は、それぞれのカテゴリーで確かなキャリアを積んできた。浦和学院高時代は打線の中心を担い、3年時には春夏の甲子園を経験。
第25回U18世界選手権大会(現U-18W杯)では、大谷らとともに高校日本代表のユニフォームを着た。
東都大学リーグの東洋大に進むと、2年時には日本代表として21Uワールドカップに出場した。さらに実力を誇示するためにプロ志望届を提出せずに入社した東京ガスでは、1年目から四番を務めて社会人野球を代表するスラッガーとして名を馳せた。2021年の都市対抗ではチームの初優勝に貢献しながら首位打者に輝く。多くの社会人日本代表キャリアも積みながら、東京ガスの主将を務めた24年限りで現役生活を終えた。
引退する思いは、23年秋に東京ガスの松田孝仁監督(関大)に伝えていた。
「社会人野球の日本代表に入るのは23年が最後かなあと思っていたので、翌24年を最後に、自分が一番いいモチベーションの中で辞めたいと思っていました。自分自身が『やろう』と思えば、続けられたかもしれません。でも、中途半端な気持ちではチームに迷惑をかけると思い、辞める決断をしました」
8年間の社会人野球人生を振り返れば、「喜怒哀楽のすべてがあった」と語る。
「21年に都市対抗で優勝して『良かった』と思えた。ただ、本当になりたかった自分はプロ野球選手で、その夢がなくなったときの絶望感と・・・
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