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【訃報】“赤鬼”ボブ・ホーナー氏が死去 日本球界でフィーバーを巻き起こした現役バリバリのメジャー・リーガー

 

鋭いスイングでボールをとらえ、本塁打を連発したホーナー氏[写真=BBM]


 ヤクルトで強打を発揮した“赤鬼”ボブ・ホーナー氏が死去したと現地時間5月26日にアトランタ・ブレーブスが発表した。68歳だった。ホーナー氏は1978年にメジャー・リーグのドラフトで全体1位指名を受けブレーブスに入団。マイナー・リーグを経ずに同年、メジャー・デビューすると89試合の出場ながら23本塁打を放ち、ナ・リーグの新人王に輝いた。

 87年途中にヤクルトへ移籍。5月5日の阪神戦(神宮)で日本デビューを飾ると、5回の第3打席で来日初本塁打をマーク。翌6日の同カードでさらに規格外のパワーを見せつけた。阪神先発の池田親興から1回二死でスライダーを左翼席に130メートル弾、5回には内角高めの速球を左中間に120メートル弾、最後は7回にフルカウントから真ん中高めの速球をバックスクリーン上部直撃の130メートル弾。池田は「もう投げる球がない」と青ざめ、一塁を守っていた2年連続三冠王のランディ・バースは「なんであんな選手を連れてきたんだ」と吐き捨てるように言ったという。

 当時は助っ人といえばメジャーの実績を誇りながらも全盛期を過ぎた選手が多かった時代だ。ただホーナー氏は来日までの9年間でメジャー通算218本塁打。29歳と年齢も若く、まさに現役バリバリだった。2試合が終わった翌日、スポーツ新聞各紙の一面はほぼホーナーで埋め尽くされ、テレビのスポーツニュースもたっぷり時間を割きフィーバーが巻き起こる。ヤクルト本社の株価も上昇。「ホーナー効果」「ホーナー現象」「ホーナー旋風」といくつもの表現が生まれた。

 6月を終えた時点で37試合出場、打率.320、14本塁打、28打点。強打を発揮し続けたが本人の考え方はいたってシンプルだった。「打席に立って一番必要なことは、自分にとって一番、手ごろな球を打つことなんだ。手ごろとは、打ちやすいボールだね。それを待つというのが、バッティングの大基本だ」。すさまじいスイングスピードを兼ね備えていたが、好球必打を忘れることがなかった。

 また、常に全力プレーも貫いた。「野球はもちろんのことだが、ビジネスにしても、とにかく自分の持っているものを常に100%出すというのが私のモットー。真剣さはプロとしての務めであり、責任と思うからね。それに、私は小さいころから親から、こう言われ続けてきた。『何事にも常にベストを尽くせ』とね。だから、人から見てどんなにつまらないことでも、やる以上はベストを尽くすんだ」。

 途中からは故障もあって本塁打のペースは落ちたが、それでも最終的には93試合出場で打率.327、31本塁打、73打点と好成績を残した。同年限りでヤクルトを退団し、メジャー復帰も88年に引退。帰国後、「ベースボールと言えないスポーツをやるため地球の裏側まで行くつもりはない」と発言したこともあったが、日本球界に強烈なインパクトを残した助っ人スラッガーだった。
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