JICA青年海外協力隊として2年、ベリーズで野球の普及に携わった。文化の違いにも順応し、日本とのパイプ役としても大きな成果を残した。2026年からは異国での経験を生かし、高校野球の現場に落とし込んでいく。 取材・文=小中翔太 
ベリーズのスタジアムで指導する椎葉氏。早くから環境になじみ、指導する生徒との距離感も縮めていった[写真=本人提供]
恩師の価値観を確認
2008年夏、甲子園で選手宣誓をしたのは福知山成美高の主将・椎葉一勲だった。一生忘れられない思い出となったに違いないが、椎葉にとっては高校時代の経験そのものが、後の人生に大きな影響を与えていた。
福知山成美高は06年夏の甲子園で8強。次の世代も秋季京都府大会で優勝と、すぐに結果を残した。その次の椎葉たちの代も実力者がそろっていたが、個性派軍団ゆえまとまるまでには時間がかかった。秋を終えるとやめると言い出す選手もいて、椎葉は寮でチームメートの部屋を訪ねて一人ずつ励まし説得。そのかいあってチームは結束力を強めた。
春の近畿大会決勝では夏に全国制覇することになる大阪桐蔭高を破って優勝。歴代の中でも屈指の強さを誇るチームへと成長していた。
「前向きにやっていこうと自分が変わったら、いろいろ環境も変わっていくんだなみたいな、そういう経験を高校のときにして・・・
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