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長谷川晶一 密着ドキュメント

第四十六回「0.001%でも一軍にしがみつく」46歳・石川雅規が消さない“小さな炎”/46歳左腕の2026年【月イチ連載】

 

今年でプロ25年目を迎えたヤクルト石川雅規。今年で46歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨季まで積み上げた白星は188。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

炎天下のマウンドに立つ46歳


「プロ25年目、46歳」の今――


「何でも聞いてください。事実は事実なんで……」

 8月2日、真夏の容赦ない太陽が照りつける埼玉・戸田球場――。登板を終え、汗が引ききらないまま、スワローズ戸田寮の一室に姿を見せた石川雅規は、苦笑いを浮かべながら椅子に腰掛けた。かつて入団当初の2年間を過ごした思い出深い戸田寮で、プロ25年目のベテランは包み隠さず本音を語り始めた。この日のファーム・リーグ東地区の登板内容は、4回67球、5失点。初回の2被弾4失点を含む厳しい展開となった。

「前回も立ち上がりに失点して、今回も初回に4失点。そこをクリアできないと次に行きづらいですよね。リアルに今の自分の力がこれだと思うので、真摯に受け止めるしかないです」

 通算200勝という大きな目標を掲げる「小さな大エース」だが、今シーズンはキャリアで初めて「8月を迎えても一度も一軍登板なし」という極めて異例の夏を迎えている。先発ローテーションを守り続けてきた男にとって、これは四半世紀のプロ生活で初めて突きつけられた残酷な現実だ。

「正直しんどいですよ。8月のこの時点で一軍に上がっていないなんて。僕、46歳ですからね。冷静に考えたらキツいなっていうのはリアルに思います。客観的に見て、普通だったら、“この年齢でここにいたらキツいよね”と思われる状況だし、自分でもそう感じます。周囲の声を見ても《厳しい現実》があるのは当然だし、ついつい悲観的に考えがちになりますよね……」

 メディアやファンの厳しい視線も、自分自身が置かれた立ち位置も、冷静すぎるほど冷徹に分析している。周囲から「もう無理だろう」「引退すべきだ」と思われる現状を理解しているからこそ、心が折れそうになる瞬間もある。

「ラクになろうと思えば、“もういいや”と諦めて、辞める理由を探す方が絶対ラクなんですよ。だけど、悲観的に考えてうまくいくならいくらでもそう考えるけど、そうじゃない。だから、空元気とか虚勢と言われてもいいから、ユニフォームを着ている以上はもがきたいんです。0.001%でもチャンスがあるなら、一軍にしがみついてやりたいですから」

 厳しい現実を真正面から受け止めながらも、心の底で燃え続ける執念を隠そうとはしない。満員のファンの歓声に湧く神宮球場のマウンドへ這い上がるため、ベテランは泥臭くもがき続ける覚悟を固めている。

田臥勇太との対話で見えた「辞める理由づけ」


8月2日戸田球場。千葉ロッテとの一戦で4回5失点


 苦しい立ち位置で葛藤を重ねていた時期、石川の胸に突き刺さるような大きな衝撃を与える出来事があった。日本バスケットボール界のパイオニアであり、40代を迎えてもコートに立ち続ける田臥勇太との食事会である。

「この間、勇太くんと話したのがすごく大きかったんです。お互いに年齢の話とか引退の話になって、僕が“結果が出なくなったら、いよいよね……”という話をしたんです……」

 同じ時代をトップアスリートとして走り抜けてきた者同士の対話。ともにベテランとなり、チーム内での立ち位置も変わった。だからこそわかり合える話がある。引退や引き際についての話題になった際、何気なく発した石川の言葉に対して、田臥は驚いたような表情で見つめ返してきたという。

「……そうしたら勇太くんが、“えっ、何でですか? 石川さん、結果が出なかったら……いろいろ考えるんですか?”と。そして、“僕はバスケが好きだから、練習でも毎日が新鮮だし、毎日楽しさのマックスを更新しているんですよ”って屈託なく笑っているんです」

 その純粋無垢な問いかけは、石川の心の奥深くに突き刺さった。勝ち負けや数字、世間体や社会的立場にとらわれていた自分自身を、根底から揺さぶられるような衝撃だった。石川が続ける。

「それを聞いたとき、ハッとしたんです。“オレ、辞める理由づけをしていたな”って。“もう46歳だから”とか、“8月になってもファームにいるから”とか、“今年、怪我をしてしまったから”とか……。要は、無意識のうちに、大好きな野球を辞めるための口実や理由を自分から探していたんだと気づかされたんです」

 普段から「ポジティブでいよう」と意識していたはずの自分が、年齢や置かれた状況を言い訳にして、引き際の理由を求めていたことに愕然とした。田臥の真っ直ぐな情熱に触れたことで、自分自身の野球に対する思いを、改めて問い直すこととなったのだ。

「勇太くんの言葉を聞いて、自分は彼ほど純粋に“野球が好きだ”と言えていなかったのかもしれないと思いました。もちろんプロとして勝負の世界にいる以上、勝ち負けは絶対です。でも、僕の“野球が好き”という気持ちは、勇太くんに比べてまだまだ薄かった。薄っぺらかったことを思い知らされたんです」

 46歳、プロ25年目――。実績も誇りもある男が、「自分の“好き”はまだ足りなかった」と素直に認めている。年齢や置かれた環境を引退する理由にするのをやめ、もう一度純粋に野球と向き合う意欲が、その胸の中に静かに蘇っていた。

優柔不断ゆえの決断、そして消えない心の炎


登板直後。石川は包み隠さず本音を語った


 青山学院大学で切磋琢磨し、2001(平成13)年ドラフトで、ともにスワローズ入りした。石川の人間性を熟知する志田宗大は、同級生のことを「石川は昔から優柔不断な性格で、だから自分から辞める決断ができないんです」と分析していた。この言葉を石川に告げると、少しだけ白い歯がこぼれた。

「まさに志田の言う通りです。間違いないです。決められないんですよ、自分。マジでズルいんです(笑)」

 志田の指摘に対して、石川は苦笑しながらあっさりと同意した。自ら「大好きな野球を辞める」という重大な決断を下すことが、どれほど難しいかを彼自身が痛感している。

「肩や肘が壊れて物理的に投げられなくなるとか、球団から“もういらない”と言われるとか、そういう自分ではどうしようもない不可抗力があれば諦めもつくのかもしれない。でも、まだ身体が動いて投げられる中で、自分から“辞めます”って一線を引く勇気がないんです。野球を辞めた後の自分を想像するのも怖い。だから“1勝もできなかったら”みたいな理由を、自分の中で探そうとしちゃうんですよね……」

 四半世紀にわたってプロ野球選手として第一線を駆け抜けてきた。人生のすべてと言っても過言でないほど白球にかけてきた。その野球に自ら終止符を打つことは、生きるか死ぬかのような哲学的で過酷な命題である。だからこそ優柔不断になり、決断を先延ばしにしてしまう。しかし、その優柔不断さの裏側には、現役選手としての生々しい執着が垣間見える。

「ファームで若手が結果を出して一軍に上がる姿を見ると、仲間として嬉しい反面、めちゃくちゃ悔しいですよ。“ちくしょう、オレだってまだ一軍で投げたいんだ”“オレだって抑えられるんだ”って、激しい嫉妬心が湧いてきますから」

 若手の活躍を手放しで祝福できるようになってしまったら、プロ野球選手としては終わりだ。石川はそう考えている。胸をかきむしりたくなるような嫉妬や悔しさ、対抗心が自身の中で渦巻いていることこそが、まだ心が折れていない確固たる証拠でもある。

「若手に対して“おめでとう、よかったね”だけで終わったらダメなんです。“オレもやってやるぞ”っていう熱い感情や嫉妬があるうちは、まだ戦える。山本昌さんや高津(高津臣吾)さんからも、“続けられるうちは絶対にやった方がいい”と言われていますし、辞める理由を探す必要なんてないんですよね」

 自らを「決められない男」と称しながらも、その瞳の奥には熱い光が宿っている。カッコ悪くあがき、葛藤し続ける姿こそが、プロ25年目を歩む大ベテランの真骨頂と言える。無様でもいい。ユニフォームを着続けることに意味があるのではないか? そんな問いを投げかけると、石川は小さく笑った。

「一軍で投げること、そして勝つことを目指し続ける。その心の炎はまだまだ衰えていません。今はまだ小さな炎かもしれないけれど、その背中を若手に見せて、チーム全体に燃え盛るような火をつけたいですからね」

 自他ともに認める「決められない男」は、今日も酷暑の戸田で黙々と白球を投げ続ける。真っ黒に日焼けした大ベテランが、10代、20代の選手たちと一緒に汗を流している。目指すべきは慣れ親しんだ神宮のマウンド。誇り高きあの大舞台へもう一度立ち、勝者として歓声を受ける。その日を目指して、石川は今日も静かに闘志を燃やしている――。

(第四十七回に続く)

写真=高原由佳

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