アジア甲子園は2024年に第1回大会が開催され、昨年は第2回大会が行われた。同大会のオールスターチーム18人が来日。8月5日、夏の甲子園開幕日に合わせて、子どもたちを交えた交流イベント「アジアコミュニティ2026」が開催された。開会式では昨年のアジア甲子園優勝チーム(インドネシア・ジャカルタ)のバッテリーによる始球式が実現。今年は第3回大会と発展を続けている。 取材・文・写真=小中翔太 
夏の甲子園が開幕した8月5日、開幕試合[仙台育英高-札幌日大高]でインドネシアバッテリーが始球式を務めた[写真=三野良介]
「甲子園」を世界進出
「甲子園」という言葉の意味は、兵庫県西宮市にある
阪神甲子園球場を示すだけではない。高校野球の春夏の全国大会を表すのみならず、高校年代の文化的活動やイベントにも「〇〇甲子園」といった呼称が広く浸透している。その魅力は国境も越え、2024年からインドネシアで「アジア甲子園」が開催されている。仕掛け人は元甲子園球児。愛工大名電高の好左腕として活躍した
柴田章吾氏(元
巨人)が「甲子園」という言葉を世界進出させた。
柴田氏は将来を有望視される投手だったが中学3年時に国指定の難病「ベーチェット病」を発症。40度の高熱と激しい腹痛と戦いながら折れそうな心を奮い立たせてくれたのが甲子園の存在だ。病室で甲子園中継を見て「これに出てから死にたいな」と思ったことが原動力となった。高校時代も入院生活で思うように練習できない時期もあったが2007年夏の甲子園に出場。明大でも活躍し2011年のドラフト会議で巨人から育成3位の指名を受けた。プロの世界で3年間プレーした後に引退、ジャイアンツアカデミーのコーチとして子どもたちに指導した。
その後、一般企業に就職し語学研修のために訪れたフィリピンでもホームステイしながら現地の子どもたちに野球を教えていた。ただ「このままでは何も変わらないな」と個人的な活動の限界も感じていた。打開策を思案している時に思いついたのが好きだったドラマ『ドラゴン桜』の作者・三田紀房氏に、どうしたら野球が広がるかのアイディアを聞こうということ。思い立ったら即行動。調べてみると、明大剣道部出身で野球好きであることが判明。しかも・・・
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