
最後は岸も加わり、ナインの手によって3回、胴上げされた
25年間の野球人生、その最後に
栗山巧は1本の鮮やかな中前打を放った。昨年12月の契約更改で今季を「締めくくりの年」と位置づけ、ラストイヤーとすることを明かしていた栗山。
西武球団生え抜き選手として初の通算2000安打を達成したバットマンが、8月30日の
楽天戦(ベルーナ)で引退試合を迎え、長きにわたる現役生活に幕を下ろした。
六番・DHでスタメン出場。7回まで3打数無安打も、8回二死の第4打席だった。初球、真ん中低めの153キロ直球をとらえると、打球はゴロで二遊間を抜けて中前へ。通算2152安打目を放ち、一塁ベース上で喜びをかみ締めた栗山。代走を送られて三塁ベンチへ引き揚げる背番号「1」に、温かな拍手が注がれた。

現役最後の安打は泰勝利の直球をセンター前へはじき返した
2004年9月24日の近鉄戦(大阪ドーム)で一軍初出場。初打席は
高村祐の前に二ゴロに倒れたが、3球すべてをスイングした。「打てる球を振っていくのは僕のスタイルですから」と当時語っていた栗山は、引退試合でも変わらず積極的にスイングを仕掛けた。
試合後の引退セレモニーではゆかりの人物から花束が贈られ、
野茂英雄氏(元ドジャースほか)からは「引退を撤回してほしい」とのメッセージも。涙の栗山はファンへ、「今も、これからも、ライオンズの栗山であり続けます」と“生涯ライオンズ”を誓った。
初出場の近鉄戦で一軍初安打を放ち、オフの本誌インタビューでは、「僕が活躍することによって、応援してくれる家族も喜んでくれる。ファンや友達も『クリが頑張っているから、しっかりやろう』と思ってくれるかもしれない。野球選手って、そういう存在だと思う」と語っていた栗山。その思いを胸に、誰よりもバットを振り、誰よりも長くチームのために戦い続けた。そして現役最終打席の一打でも、また誰かの心を動かした。ナインの誰もが栗山を「お手本のような存在」と語る。背番号「1」の物語は終わっても、栗山がライオンズに残したものは、これからも受け継がれていく。
写真=橋田ダワー