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【訃報】元広島・池谷公二郎氏が74歳で死去 通算103勝、球団初優勝に貢献した沢村賞右腕

 

広島の投手として通算103勝を挙げ、球団初のセ・リーグ優勝に貢献した池谷公二郎さんが10月29日、多発性骨髄腫のため死去した。74歳だった。球団が同日発表し、「謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます」と悼んだ。

豪快なフォームから放たれる快速球で初優勝に貢献。80年代の投手王国につながる礎を築いた[写真=BBM]


真っ向勝負が代名詞


 池谷さんは静岡県出身。静岡商高から金指造船、日本楽器(現ヤマハ)を経て、1972年秋のドラフトで1位指名を受け74年に広島入団。75年に18勝を挙げてリーグ初優勝に貢献した。76年には最多勝、沢村賞、ベストナインを獲得。85年の現役引退後は広島、巨人で投手コーチを務めた。

 現役時代は、豪快なフォームと真っ向勝負が代名詞。マウンドから相手打者を突き刺さんばかりに左腕を差し上げ、背中に巻きつけるようにした右腕から快速球を投げ込んだ。静岡商高でチームメートだった新浦寿夫(のち巨人ほか)らのフォームを観察して「タメが必要」なことを学び、独力で完成させたフォームだった。「タメと長くボールを持つことを意識しながら工夫しているうちに、こうなりました。自分では変則ではなく、羽を広げるように、きれいに投げているつもりなんですけどね」と自らのフォームについて語っていた。

 握りが打者に見えてしまうためプロ1年目に長谷川良平コーチからフォームの変更を勧められたが、かえってリズムが崩れてしまい、自分のスタイルを貫いた。

 奪三振にこだわり、プロ初奪三振をマークしたときには、「あと999個で1000奪三振だ」と思ったという逸話もある。2年目の75年に台頭すると、最多勝と沢村賞を獲得したエースの外木場義郎に刺激を受けて、翌76年は「沢村賞を獲る」と意気込んだ。外木場の故障離脱もあり登板機会は急増。20勝を挙げて最多勝、207奪三振もリーグトップで宣言どおり沢村賞に選ばれた。

 高めに浮き上がるように見える快速球がウイニングショットで、痛快な真っ向勝負は一発を浴びるリスクとも表裏一体。2年連続でリーグ最多奪三振となった77年、シーズン48被本塁打のプロ野球記録も残している。それでも、悲願の日本一を果たす79年まで5年連続2ケタ勝利。初のリーグ優勝から5年がかりで日本一へと駆け上がった広島の、投の立役者だったと言える。

高い指導力と人柄


 現役引退後は、野球解説者として活躍。88年オフには山本浩二監督の誕生に伴い、投手コーチとして現場復帰を果たした。現役時代の後輩である北別府学、大野豊らには頼もしい存在で、投手王国と言われた強力投手陣の構築に尽力。91年は守護神・津田恒実が病により離脱しチームに衝撃が走る中、投手陣を支え、6度目のリーグ優勝に貢献した。

 山本監督とともに93年オフに退任。その後も指導力を買われ、巨人の一軍投手コーチ(98年、2004年)、二軍投手コーチ(1999〜2001年)を務めた。

 その後は広島テレビの解説者を務める一方、情報番組にも出演するなど幅広い分野で活躍。広島の試合や選手たちの取材では熱い闘志と徹底したファン目線を前面に出し、朗らかな人柄でお茶の間にも親しまれた。

 そんな中、晩年は病魔との戦いが続いていた。肺がんを患い、その後も多発性骨髄腫などを発症。手術やリハビリを乗り越える姿を、盟友や後輩たちも見守っていた。

 10月30日に広島市内で行われた通夜には、球団OBや関係者ら約230人が訪れ、池谷さんの功績や人柄をしのんだ。ともに初優勝に導き指導者、解説者としても時間をともにした山本浩二さんは、「こんなにつらいことはない」と悼む。「体も精神も強かった。本当によく頑張った」と池谷さんの闘病生活をねぎらった。

 現役の若手時代から励ましを受けてきたという広島・新井貴浩監督は、「優しい先輩でした。本当に悲しい」と胸中を語った。今季中に続投が決定し、監督就任5年目の来季も指揮を執る。「天国の池さんに喜んでもらえる、そんな戦いができるようにしっかりとやっていきたいと思います。良いご報告ができるように来年頑張ります」と誓った。

 通夜には安仁屋宗八氏、外木場氏、野村謙二郎氏、佐々岡真司氏、黒田博樹球団アドバイザーら多くの広島OBが出席。強く優しい背番号「11」の雄姿は、仲間たちやファンの記憶に刻まれ続ける。

PROFILE
いけがや・こうじろう●1952年6月28日生まれ。静岡県出身。右投右打。静岡商高から金指造船、日本楽器を経て、1972年秋のドラフトで広島から1位指名を受け、73年シーズン後に入団。リーグ初優勝の75年は18勝をマーク。76年には20勝を挙げ最多勝、沢村賞に輝いた。76、77年はリーグ最多奪三振(当時は連盟表彰なし)。85年に現役を引退。広島や巨人でコーチを務めた。
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