史上113人目の大台だった。中崎翔太は、9月12日の
中日戦(マツダ広島)で通算500登板を達成した。
「僕は三振を取るタイプではないので、野手の皆さんが懸命に守ってくれたおかげで、これだけ登板を重ねることができたと思っています」と、謙虚に感謝の言葉を並べた。
守護神として2016〜18年のリーグ3連覇を支えたときと立場は違えど、15年目にして復肩を遂げた。今季51登板は、18年に68登板して以来の好成績だ。
19年に右膝、20年には右上腕を手術と故障も乗り越えた。
「球が行かなくなったときに、どう工夫して抑えるかをしっかり考えるようになかった」
坂倉をはじめ、後輩とバッテリーを組む機会が多いが、密なコミュニケーションを重ねて円熟味を増した投球に変化を遂げた。
500登板の中で印象に残っている試合に、プロ初登板を挙げた。12年3月30日の中日戦で、
平田良介にナゴヤドームの左翼スタンドに運ばれた。
「ずっと忘れない。“しっかりやらないと”という思いにさせてくれた」
節目の記録も中日戦だからこそ、あらためて当時の記憶が鮮明によみがえってきた。
何度も苦しみを味わってきた。「苦しいと言われたら、いつも苦しいような気がします(笑)」。
くじけることがなかったからこそ、ここまでプロ生活を続けられた。史上10人目で球団初の100セーブ&100ホールドにも残り3ホールドに迫る。
来季は34歳シーズン。500登板は通過点に過ぎない。
「まだまだチームのために」
どんな場面であれ、マウンドに立てる喜びをかみしめながら打者を打ち取っていく。
写真=井沢雄一郎