故郷を背負い、戦いの日々を過ごす。
太田椋は2025年、出身地・大阪府羽曳野市の「はびきの応援大使」に就任。プロ野球選手としてはダルビッシュ有(パドレス)に続く大役を任され、名実ともに地元の星として認められる存在となった。
「羽曳野と言えば、大先輩であるダルビッシュさんが一番に思い浮かぶと思うんですけど。負けないように僕自身も頑張ってPRしていけたら」
馬肉を燻製にした同市の名産品「さいぼし」が、中学時代からのお気に入り。幼少期から京セラドームに足繁く通い、
T-岡田(現
オリックスアンバサダー)や
坂口智隆(現野球解説者)らのプレーに目を輝かせていた。昨年オフには自ら志願し、背番号を1に変更。「オリックスのセカンドと言えば福良(
福良淳一)さん(現GM)もそうですし、後藤(
後藤光尊)さんも僕が小さいときから見ていた。憧れはあったので」。往年の名プレーヤーがつけた伝統ある番号を継承し、球団の中心選手としての道を歩み始めた。
父・暁さん(オリックス打撃投手)と、天理高・
中村良二監督がともに近鉄に在籍した縁もあり、高校は天理に進学。高校通算31本塁打の実績を引っ提げ、18年秋のドラフトで父も在籍する球団から1位指名を受けた。入団後は度重なる故障に苦しみながらも、高卒7年目の昨季に初めて規定打席に到達し、リーグ4位の打率.283。主軸に成長を遂げた若武者は「しっかり僕が活躍することによって、羽曳野を広めていけたら」と、心に秘めた思いがある。
写真=BBM