今夏の甲子園に優勝候補として出場した横浜高。村田浩明監督は自身が3年生だった2004年夏の甲子園で、同学年の涌井秀章とバッテリーを組んでいた。
22年が経った今年、涌井は史上3人目となるルーキーイヤーからの22年連続勝利を達成。不惑の年を迎えても、先発として完投を目指し続ける。
涌井は甲子園の舞台を「出られていなかったら、ドライチで指名されることはなかったんじゃないかな」と振り返る。
入学当時から「松坂二世」との呼び声高く、2年春の選抜では
成瀬善久(元
ロッテなど)との二枚看板で準優勝を経験した。
エースとして3年夏も激戦区の神奈川大会を制すると、準々決勝で優勝した駒大苫小牧高に敗れたものの、落ち着いた投球で淡々と三振を奪う姿は数多くの野球ファンを魅了した。
西武にドラフト1位で入団してからは、積み上げてきた実績が右腕のすごさを物語っている。
今年6月に40歳の誕生日を迎えた。今季は開幕ローテーションからは外れたものの、7月11日の
広島戦(バンテリン)を6回1失点で初勝利。
新人の05年から22年連続勝利を挙げた。
米田哲也(元阪急ほか)、
石川雅規(
ヤクルト)に続く史上3人目の記録に「素直にうれしいですし、もう40歳なんだなと思いました」と柔らかい表情で語った。
野球界に必要とされている限りは腕を振る。「もともと野球は先発完投ですから。先発はチームを勝たせてなんぼ。ドラゴンズの先発陣もみんな途中で変わろうと思ってるやつはいないはずです」。マウンドに立ち続ける勇姿は今も昔も変わらない。
写真=BBM