シーズン中盤以降は二塁で出場を続けた。序盤こそ
田中幹也に二塁を譲って三塁を守っていたものの、やがて「一番・二塁」で固定された。チームが打撃重視の戦い方に舵を切ったためだ。
結果はキャリアハイが目白押し。自己最多114試合出場で112安打、初の2ケタ10本塁打に34打点でシーズンを終えた。
プロ4年目とはいえ9月に30歳を迎えた三十路イヤー。「出る場所は二塁、三塁、一塁、どこでもいいんです」と言う。
天理高から専大、社会人の日本新薬をへて2023年にドラフト7位で入団している。社会人で4年も技を磨いたから、時間がない。プロ生活は、即戦力としての腕試しの日々となっている。
球宴前から「一番・二塁」に定着し始めた。一番に固定されていた
岡林勇希の不調がきっかけだった。
今季限りで辞任した
井上一樹監督は「岡林はバットが湿っている上に、下半身に不安があった。福永には長打も、足もある」。コーチ陣と話し合い、アナリスト部門のデータの後押しも受けて、切り込み隊長に福永を据えた。
福永を一番に固定して以降は打順の流れもよくなった。シーズン序盤に大コケしたチームにとって、夏場以降に勝ったり負けたりできた理由のひとつが、福永だった。
悔しかったのは、打席数442。シーズンを戦った証明となる規定打席にあと「1」届かなかった。最終戦の1試合前、10月1日の
広島戦(マツダ)は
細川成也のソロ1本による敗戦。5打席目が回って来なかった。
「足りなかったことがあると思って練習します」。あと「1」が福永をより大きくする。
写真=BBM