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文=大内隆雄
昔、中京商夏の3連覇(31~33年)の大エース、吉田正男さんに、「吉田さんが対戦した投手、打者で、こいつが一番と思うのはだれですか」と聞いたことがある。吉田さんの答えは「投手はクスだな。あんなすごい球を投げるヤツは以後も見たことがない。打者はカゲだ。どこに投げても打たれた。お手上げ」だった。
クスとカゲと言われても、相当の高校(中等)野球ファンでも「だれ?」だろう。クスは、明石中の楠本保投手。カゲは松山商の
景浦将内野手兼投手。ここに吉田さんを加えた3人の“からみ”はなかなか面白い。31年は準決勝で中京商と松山商が対戦し3対1で中京商。景浦は1安打。32年は“楠本ブーム”。準決勝までの4試合で36イニング投げて奪三振64!許した長打は二塁打1本。4試合目が松山商戦で、明石中は0対3で敗れた。景浦はノーヒット。松山商は17三振を食らったが勝った。決勝は中京商-松山商となったが、松山商は景浦の好救援と2本の三塁打で延長に持ち込んだ。しかし、景浦は足に打球を受け降板、これが響いて、11回、松山商は3対4のサヨナラ負け。吉田さんの「どこに投げても打たれた」はこの2本の三塁打を指す。
33年、景浦は卒業して立大へ(のちタイガース入団)。33年は準決勝で中京商と明石中が対戦。吉田-楠本の対決やいかに?この年のセンバツ準決勝で楠本は吉田に1対0で投げ勝っている。ここまで2人はともにノーヒットノーランを記録。絶好調同士だ。ところが、楠本は準決勝のマウンドに上がらず、右翼に。先発は控えの中田武雄。この中田が、あの延長25回の一方の主役となったのだから野球は分からない(1対0で中京商)。「クスだと思い込んでたからなあ。まさか、中田が25回も投げると思わなかった」と吉田さん。写真は小社にある景浦の最も鮮明なスイングの写真(立大時代)。豪快だが、意外にステップが広い。