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大卒2年で急成長を遂げた倉本寿彦(日本新薬)の潜在能力

 

2度目のドラフトを待つ「打てる遊撃手」


 第17回アジア競技大会(韓国・仁川)で日本は、2大会連続の銅メダルに終わった。プロ選手で固めた韓国(金メダル)、チャイニーズ・タイペイ(銀メダル)に対して、侍ジャパンは社会人代表。力の差を見せつけられる結果となったわけだが、評価を高めた男がいる。遊撃手として、攻守走に躍動した日本新薬の入社2年目・倉本寿彦だ。全5試合に出場して計6打点を記録。10月23日に控える自身2度目のドラフト会議へ向け、収穫多き大会となった。

▲韓国で行われたアジア競技大会では、5試合で6打点の活躍。大学時代から定評のあった守備力に加え、バットでもプロで通用する自信を持てるようになった[写真=毛受亮介]



 あの日を忘れない。倉本はこの2年間、「屈辱」を原動力にしてきた。2012年10月25日の創価大野球部合宿所。“和製ライアン”こと・小川泰弘とともにプロ志望届を提出した倉本は、吉報を待っていた。記者会見を控えた監督室。ブレザーの着用を指示されていた小川の隣に座っていたのが、ジャージー姿の倉本。これが、厳しい現実だった。ヤクルト2位指名を受けたエースの一方で、倉本は無念の指名漏れとなっている。「悔しかった。これだけの差があるんだ、と」。希望に胸を膨らませていた会議前のツーショット画像は携帯に保存し、モチベーションにしてきた。

 目標、そして理想のショート像として上げるのが元ヤクルトの宮本慎也阪神鳥谷敬。堅実な守備力に定評はあったが、課題は打力。2年後のプロ入りへは打力アップが必要だと自覚していた。日本新薬では1年目から中心選手として活躍。そして2年目シーズンを前にした1月、野球人生を変える分岐点があった。

 臨時コーチとして1週間、打撃の教えを受けた門田博光(元南海ほか)との出会いだった。プロ歴代3位の567本塁打を放ったスラッガーの打撃理論は、倉本にとってまさに目からウロコ。きっかけが欲しかったタイミングとマッチし、「信じてやってみようと思った」と、門田門下生となった。バットの振りを鋭くするために言われたのが、背筋力を向上させること。そして「4打席で4本塁打を打つくらいの意思がないと結果は出ない」と、フルスイングを厳命された。フォームも門田氏の現役時代と同じ「一本足打法」に改造した。ベース寄りに立ち、外角のボールも力強く引っ張るのも、門田氏の直伝である。

 好守の遊撃手から一転して、強打のショートストップへ変貌する。都市対抗予選では5試合で9打点。本大会2回戦(対新日鐵住金東海REX)では同点打を含む2打点を記録すると、同3回戦(対三菱日立パワーシステムズ横浜)では、タイブレークの延長12回にサヨナラ打で、10年ぶりの8強進出へ貢献した。日本選手権(11月1日から11日間、京セラドーム)の近畿最終予選では敗者復活3回戦と、代表決定戦で本塁打の勝負強さ。横浜高時代は0本塁打、大学では1本、そして昨年の社会人1年目もノーアーチだった倉本が今季だけで3本塁打と覚醒したのだ。

 初めて日の丸を背負ったアジア選手権では、パキスタンとの予選リーグで左越え本塁打。台湾との準決勝では失点につながる痛恨の失策(捕球ミス)も、すべては今後の教訓だ。「ショートで打つのは魅力だと思う。必要としてくれるところへ行きたい」

 10月23日。大卒2年目で迎えたドラフト解禁は、スーツを着て待つ。

PROFILE
くらもと・としひこ●1991年1月7日生まれ。神奈川県出身。180cm 82kg。右投左打。今宿小1年時から藤沢リトルで野球を始め、萩園中では寒川シニアに在籍し投手兼遊撃手。横浜高では1年秋からベンチ入りし、2年秋からレギュラー。甲子園には3年春(2回戦)、夏(4強)に出場。創価大では2度のベストナイン受賞。4年時にはエース・小川(現ヤクルト)とともに、主将としてけん引。プロ志望届を提出も指名漏れで、日本新薬入社。1年目から活躍し、今夏の都市対抗初戦(2回戦、対新日鐵住金東海REX)では同点打を放つなど三番・遊撃として8強。アジア競技大会では初の日本代表に選出。
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