
「東西横綱対決」と言われた神奈川・横浜高との2回戦では146球、1失点完投。中1日で迎えた茨城・常総学院高との3回戦は2回途中から救援も失点を重ね、ベスト8を前に敗退した/写真=田中慎一郎
最後の瞬間を、マウンド上で迎えることはできなかった。常総学院高(茨城)との3回戦。ふだんからバッテリーとして苦楽をともにしてきた井町大生(3年)が右前打を放つも、次打者が二ゴロに倒れて4対7。履正社高(大阪)の剛腕・
寺島成輝の最初で最後の甲子園が終わった。
この日、履正社高・岡田龍生監督は、寺島をベンチに置いてゲームをスタートさせることを決断した。2回戦、「東西横綱対決」という趣きでもあった横浜高(神奈川)との対戦で148球完投して中1日、「少し空けてやらないと、また先発させるのには無理がある。大阪大会も寺島一人ではなく、山口(裕次郎)と4試合ずつ投げてきた」という判断。大阪大会からの起用法や、今までの流れに照らして見れば、それ自体は予想された通りのことであった。
むしろ、誤算だったのは、出番があまりにも早く、しかも厳しい状況で回ってきたことだろう。1回、山口が2失点。2回にもヒットと四球で一死一、二塁。ここで“これ以上、点はやれない”と寺島投入となったが、最初の打者の有村恒太(3年)にセンター右の深いところへ2点三塁打され、続く陶山勇軌(2年)にも左前適時打されて5点差に。その後、5回には自らの野選も絡んで、暴投とセーフティースクイズのような形で2失点。寺島自身は、エンジンがかかってきたゲームの後半では5者連続三振を奪うなど、力は見せた。さらに、打席でも何とか返していこうと自ら3安打したが、序盤の失点を挽回できぬまま敗れた。
1回からブルペンに走った寺島だが、「準備が(十分に)できていたかと言われれば、できていなかった。でも、それを言えば言い訳になる。自分が一番いいボールだと思っている真っすぐを打たれたので仕方ないです」と、ゲーム後は敗戦という現実を冷静に受け止めた。
“超高校級決戦”では新たなスタイルを構築
「今までにないくらい悔しい。でも、3年間一緒にやってきた仲間たちと、この場所で終われたのはいい思い出になりました」と、試合に敗れた無念と、この3年間の充実感を相半ばさせたような表情で、初めての甲子園を語った寺島。“世代No.1の逸材”と言われ続けながらずっと届かなかった甲子園を目指し、“狙われていても打たれないストレート”をテーマに取り組んで、実際にそれだけの質のボールを、そしてあこがれの甲子園を手にできた高校最終学年は、十分手ごたえのあるものだった。
今後について「まだ分からない」と明言を避けたが「もっと上のレベルのピッチャーになっていきたい」という思いははっきりと口にした。
3回戦で姿を消したとはいえ、初戦ではMAX146キロを記録し、高川学園高(山口)を2安打1失点に封じた。そして横浜高との決戦では、相手の直球狙いを察知し、ややスピードを抑えたストレートを投げ、また変化球を見せ球に真っすぐを速く見せるという“ニュー寺島”の姿も見せた。
藤平尚真との超高校級同士の投げ合いは、今大会のハイライトの一つ。最後を決勝のマウンドで歓喜とともに迎えるシーンは実現しなかった。それでも、高校野球ファンにとって、この夏は確かに「寺島の夏」だった。(取材・文=藤本泰祐)