勉学と野球、バイトの両立、“新たな形で大学日本一!!

今年6月の大学選手権では主将・捕手としてチームをけん引。最高殊勲選手賞と首位打者賞[打率.471]を受賞した/写真=川口洋邦
「優勝できたのは
山崎善隆の働きが大きかった。捕手になって、まだ2年ほどですが、本当によくやってくれました」
大学選手権初出場初優勝へ導いた中京学院大・近藤正監督は6月の大会を、そう振り返った。
昭和一学園高では遊撃手だった山崎。しかし、大学では同じポジションにドラフト1位候補の俊英・
吉川尚輝(4年・中京)がいたため、肩の強さと賢さを買われ、2年夏に捕手へコンバートされた。山崎本人は「最初の1カ月は嫌で仕方がありませんでした。ただ、盗塁を刺すことと、相手打者を自分の思いどおりに打ち取るリードの楽しさを知ってから、捕手は面白いと感じるようになりました」。今年はチームの主将を務めながら五番打者として活躍。大学選手権では打率.471で首位打者賞を獲得し、全試合で打点を挙げて最高殊勲選手賞も受賞した。近藤監督も「もともとセンスの良い選手。しかも、度胸が据わっていて勝負強いので頼りになります」と、称えている。
仕送りゼロのため自分で稼ぐ生活費や道具代
これだけの才能を持つ山崎だが、実は経済的な事情から高校卒業とともに野球を断念しなければいけない状況にあったという。「就職する予定だったのですが、高校の多田倫明監督(当時)が『もったいない』と思ってくださって、ツテを頼りに中京学院大へ自分のことを売り込んでくれたんです」。中京学院大は近藤監督の方針の下、部員たちにアルバイトをして働きながら野球をすることを奨励している。山崎も仕送りはないため、授業料は奨学金、生活費や道具代などは自分で稼いでおり、「1年生のときは小学生の家庭教師、その後は焼き肉店。それから、秋季のリーグ戦が終わったあと、全体練習を中断して、1カ月間くらいバイトに充てられる期間があるので、そのときはコンビニで働いていました」。
現在も牛丼チェーン店で週に2、3回、遅いときは深夜0時までバイトに励んでいる。「平日は大学で講義を受け、練習できるのは2〜3時間」だけ。途中で抜けて、バイトへ直行することもある。勉学、野球、仕事の3つを並立しているだけに「練習よりも、練習でクタクタになった後にバイトをするほうが大変です。でも、しっかり気持ちを切り替えて、一生懸命やっています」。練習時間の少なさは集中力でカバー。また、講義が入っていない、わずかな時間を利用してバットを振ってきた。その積み重ねが日本一につながったのだ。
大学選手権が行われた神宮は、山崎の出身地・狛江市に近いことから父親が観戦に訪れたという。
「中学、高校時代はあまり良いところを見せられなかったのですが、今年は打つことができて良かったです。優勝した後『おめでとう。秋も頑張れ』と言われて、本当にうれしかったです」
今後については「大学選手権でタイミングの取り方のコツをつかんだところがあるので、今秋もベストナインを目指して結果を残し、また神宮へ戻りたい」と、話す山崎。全国の舞台で実力を示したことから、プロか社会人か進路は流動的な状況だが、どちらに進むにしろ、野球を続けられたことで大きく変わった人生。苦労しながらも、チャンスをつかんだその両手には、まだ無限の可能性が残っている。(取材・文=大平明)
PROFILE やまざき・よしたか●1994年4月7日生まれ。東京都出身。165cm 75kg。右投左打。幼稚園の年長から和泉フレンズで野球を始める。和泉小3年から武蔵府中リトルに在籍。狛江第五中では武蔵府中シニアでプレーした。昭和一学園高では1年夏からベンチ入りし遊撃手。3年夏は西東京大会16強も甲子園出場経験はなし。中京学院大で2年夏に捕手へコンバート。今年の大学選手権では首位打者となり、最高殊勲選手賞を受賞。初の日本一に貢献している。