
東京都八王子市の中大合宿所前にて。昨年9月のU-18W杯では銅メダルを獲得している/写真=佐伯要
捕手に転向して約1年で侍ジャパンU-18代表となった選手が、さらなる飛躍を目指して大学に進む。
福岡大大濠高出身の
古賀悠斗が東都大学リーグで24度の優勝を誇る名門・中大に入部した。初めての寮生活に「不安もある」と言いながら、「ここに来た以上はやらないといけない。早く環境に慣れて、1年生から試合に出られるように頑張っていきたい」と表情を引き締めた。
高校通算52本塁打の強打と二塁送球1.8秒台の強肩はNPBスカウトから注目されていたが、春夏連続甲子園出場を逃した福岡大会決勝後に「今の自分でプロへ行っても、やっていけない。大学でもう一段階ステップを踏んでから」と進学を決意。「大学と硬式野球部の伝統に惹かれた」と中大を志望した。
高校2年の夏、新チーム結成時に八木啓伸監督から強肩を買われ、遊撃手から捕手に転向した。
当初は配球面で苦しんだ。2年秋の福岡大会前の練習試合では、制球力抜群のエース右腕・
三浦銀二(現法大)が何本も本塁打を浴びた。
「三浦ほどの投手が打たれるのは、自分の責任だと思いました。捕手次第でこんなにも変わるんだ、と」
打たれた後はベンチで三浦と配球を確認した。また、サインにうなずくか首を振るかで、1球ごとに答え合わせをしながら配球を覚えた。
2年秋の福岡大会を制し、九州大会に進んだころには三浦がサインに首を振ることはなくなったという。準決勝では秀岳館高(熊本)の強力打線を完封。「あれで自分のリードに自信がついた」と笑顔で振り返る。
人間性を磨き「即戦力」でプロ入り
3年春のセンバツでは初の8強入り。同夏は福岡大会決勝で東筑高に敗れたが、その後、三浦とともに侍ジャパンU-18代表に選ばれた。昨年10月のドラフトで
広島から1位指名を受けた広陵高・
中村奨成と正捕手の座を争い、第28回U-18ワールドカップ(カナダ)では9試合中6試合に出場。うち5試合で先発マスクを被った。
「中村が甲子園であれだけ目立っていたので、自分が出る機会は少ないと思っていました。でも、試合に出ないとやっぱり、つまらない。自分が出たときには絶対に点を取られないようにと、研究していました」
ブルペンで控え投手の投球を受けながら、相手の打者を観察してメモを取るなど、周到な準備が結果につながり、銅メダル獲得に貢献した。
侍ジャパンU-18代表では、ドラフト1位でプロへ進んだ早実・
清宮幸太郎(現北海道
日本ハム)や履正社高・
安田尚憲(現
ロッテ)を見て「体格や飛距離に圧倒された」と言う。
「4年後はドラフト1位とか2位で、即戦力の捕手としてプロに行くのが彼らに追いつくこと。この4年間は大事な時間になる。人間性も磨いて、すべてをレベルアップしたい」
4年後に捕手としてドラフト1位指名されれば、中大では2000年の
阿部慎之助(現
巨人)以来となる。
「阿部さんは捕手としてプロへ行って、打者としてもすごい成績を残している。(中大を選んだのは)阿部さんの影響もあります」。古賀は同級生のライバルたちを意識し、追いながら、偉大な先輩と同じ道を目指して歩んでいく。(取材・文=佐伯要)
PROFILE こが・ゆうと●1999年9月10日生まれ。福岡県出身。175cm73kg。右投右打。筑紫小2年時からオール筑紫BBCで野球を始め、投手として6年時は九州大会春夏連覇。筑山中時代は同中野球部に在籍し最速136キロを計測。福岡大大濠高では1年夏の県大会から五番・三塁で同秋から遊撃手。2年秋から捕手となり、県大会、九州大会優勝、神宮大会4強、センバツ8強。同夏は県大会決勝敗退。侍ジャパンU-18代表でW杯では銅メダル。高校通算52本塁打。