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東都大学春季リーグ戦

部運営の重要性を説く青学大の主将・泉口友汰

 

三拍子がそろうプロ注目の遊撃手・泉口は「野球を長く続けたい」と、プロを目指す前に、社会人で心身を磨いていきたいという[写真=大賀章好]


「1球の怖さ」を知った甲子園での悔しさを糧に


 2018年、大阪桐蔭高は史上初となる2度目の春夏連覇を遂げた。ドラフトでは根尾昂(現中日)に4球団、藤原恭大(現ロッテ)に3球団が競合し、エース右腕・柿木蓮(現日本ハム)、左腕・横川凱(現巨人)と4人がプロ入り。進学組では早大・中川卓也、立大・山田健太、宮崎仁斗ら、社会人には当時の正捕手だったNTT西日本・小泉航平がいた。才能豊かな彼らが「最強世代」と言われた一方で、1学年先輩は、16年秋の新チーム結成時に「史上最弱」と言われていた。

 当時、副将だった青学大の主将・泉口友汰は4年前を、こう回顧する。

「1個下の実力は、誰が見ても相当なレベルでした。果たして、この代で勝てるのか……。指導者からは、今後の大阪桐蔭を左右すると言われました」。そんな「史上最弱」のチームが、翌17年春のセンバツを制している。なぜ、勝てたか。泉口は言う。

「センバツで優勝できたのは、福井(福井章吾、慶大主将)の存在がすべてと言っていい。西谷(西谷浩一)先生(監督)の教えがあっての福井の言葉。同学年で言い合ってきたのは『負けない強さのあるチーム』でした。圧倒的な力があるわけではないので、劣勢でも終盤まで粘って逆転するスタイルです」

 根底にあった取り組みとは?

「常日ごろからから当たり前のこと、誰でもできることを徹底する。その積み重ねが、大事な場面でのパフォーマンスにつながる」

「個」ではなく「束」で動く共通認識


 17年8月19日。泉口にとって忘れられない1日となった。仙台育英高との甲子園3回戦。1対0とリードして最終回を迎えた。ところが、二死から安打、二盗、四球で一、二塁とピンチを迎える。背番号13の加藤大貴(中京大主将)が西谷監督の指示を伝令役としてマウンドへ来た。

「こういう苦しい場面を乗り越えてこそ、春夏連覇につながる」

 次打者は、泉口への遊ゴロである。

「右の打球だったので、そのときの判断として一塁送球。ところが、一塁を見ると中川がベースに入っていない。『これはセーフになるな……』とは思いましたが、途中で止めるわけにもいかない」。結果的に中川が一塁ベースを踏み外し、セーフとなった。二死満塁。もう一度、伝令により、全員の意思を確認。しかし、次打者の打球は中堅手の頭を越えた。あと一死から、悪夢のサヨナラ負けである。

「一塁手の中川は二塁送球と判断したのでしょう。事前にそういうプレーもあると、お互いの気持ちがマッチできなかった。そこが、ツメの甘さです。細かい部分を埋めたからこそ翌年、後輩たちは連覇を遂げることができた」

 泉口の代は高卒でプロ入りした選手はいない。ほとんどが大学進学し、最終学年を控えて主将は泉口、福井、加藤を含め5人(平成国際大・坂本義生、関大・坂之下晴人)、副将は4人(富士大・小林大介、早大・岩本久重、同大・東本直樹、甲南大・稲田晃大)が要職を務める。大阪桐蔭高時代も、主将・福井を頂点に徳山壮磨(早大)、香川麗爾(関大)、岩本、泉口、東本、加藤、山本ダンテ武蔵(国学院大)と7人の副将が名を連ねた。個ではなく、束で動く。各大学でも、リーダーシップが評価されたのだ。泉口は全国で同級生が活躍する現実について、こう語る。

「フタを開けてみて、やっぱり『良いメンバーが集まっていた学年であったんだな』と再認識しました」

 同校卒業生には、部訓の「一球同心」が胸に刻まれている。青学大は昨秋、東都二部を制して14年秋以来の一部復帰(新型コロナウイルスの影響により、入れ替え戦がなく、二部優勝校が一部自動昇格)を果たした。不動の遊撃手・泉口は身を粉にして動く。(取材・文=岡本朋祐)
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