
矢場とんブースターズとの準決勝で、2番手で6回1/3を無失点。10奪三振と、武器であるチェンジアップが生きた[写真=岡田浩人]
新潟でニューヒーロー誕生
チームのピンチで登板した大卒1年目の右腕が全国デビューのマウンドで圧巻の投球を見せた。
社会人野球のクラブチーム日本一を懸けた「第47回全日本クラブ野球選手権」が9月2日から4日まで新潟県で開催された。
3年連続でベスト4進出を果たした千曲川硬式野球クラブ(長野)は準決勝で矢場とんブースターズ(愛知)と対戦。1対4で敗れたものの、2回途中から二番手として登板した新人の井崎虹太(岐阜協立大)が6回2/3を投げて1安打、無失点の好投を見せた。
「やっと出番が来た、と思いました。投げたくてウズウズしていました。春に入団してから一番長いイニングを投げましたが、変化球がいつも以上にビタビタに決まりました」
井崎が振り返るように、この試合では鋭く横に曲がるスライダーとタテに落ちるチェンジアップで10三振を奪った。敗れはしたが平林竜也監督(東京情報大)も「井崎が最高の投球を見せた。今日は抜群に制球が良かった。今後の収穫になった」と手放しで喜んだ。
人と人の縁で今季チーム加入
三重県四日市市出身。菰野町に引っ越した小学4年生から軟式野球を始め、投手一筋の野球人生を歩んできた。中学時代は
東克樹(
DeNA)がかつて在籍した四日市ボーイズでプレーした。
三重・海星高では3年夏、準決勝で優勝した白山高に敗退(5対6)。この試合での井崎の登板機会はなく、マウンドに上がったのは四日市四郷高との1回戦(救援)と、川越高との2回戦で先発したのみである。3年間、目指した甲子園は、遠い場所だった。進学した岐阜協立大でも「全国大会のマウンドとは無縁だった」と明かす。大学では1年時にリーグ戦の先発を任されるが、肘を痛めてトミー・ジョン手術を受けた。長いリハビリを経て、4年時にようやく実戦復帰できたという。
「大学の監督が千曲川の関係者とつながりがあり、自分自身もクラブチームで日本選手権など全国の舞台を目指せる強いチームでプレーしたいと思いました」
176cmと上背は大きくないが、80kgの体重で下半身がガッチリとした印象。最速144キロで、この大会では準決勝で4点ビハインドの場面でようやく登板の機会が巡って来た。「人生で初めての全国舞台」だったが、140キロ前後のストレートと変化球の制球が良く、スコアボードにゼロを重ねた。
「全国の舞台で、何かを残したいと思って投げました。今日は自信になりました」
特に印象的だったのが「挟んで投げている」というチェンジアップで、左打者のアウトコース低めにス
トンと落ちて空振りを奪った。
千曲川硬式野球クラブでは新人ながら、チームからの期待を込めて、エース番号の「18」を背負う。
「来年は先発を任せてもらえるようにもっと、頑張りたい。結果を残して、将来はプロを目指したい」
準決勝で敗退したものの、ニューヒーロー誕生の予感を漂わせた井崎。これまで、ほぼ実績のなかった右腕の今後の歩みが楽しみである。(取材・文=岡田浩人)