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2024新入生【東都大学一部】

中大・佐々木怜希(大船渡高) 165キロ右腕の弟が大学進学 可能性を秘めた抜群の野球センス

 

ロッテ佐々木朗希が使用していた黒のグラブを譲り受けた。大切に使い、1日も早く大学の環境に慣れる[写真=BBM]


 大船渡高・佐々木怜希が東京都八王子市内の中大の野球部合宿所に入寮し、2月2日に初練習を行った。4歳上の兄はロッテの165キロ右腕・佐々木朗希。中大・清水達也監督は兄譲りのポテンシャルに惚れ込む。

「身長は178cmで止まったようで、バランスが良い。青学大の常廣(常廣羽也斗広島)投手みたいなイメージを持っている。お兄さんの印象ですが、(怜希も)口数が多いほうではない。派手さもありませんが、地道に努力するタイプに見えます。入寮時にポジションを確認したところ『投手でいきたいです!』と。1年から、というのは酷ですので、まずは体づくり。2年夏までは遊撃手だったということで、フィールディングも良い。伸びシロを感じる選手です」

 小学6年時、猪川野球クラブで全日本学童大会(16強)に出場した際は遊撃手、大船渡一中では三塁手だった。高校時代に使った内野手、外野手用のグラブは東京に持ってきていない。兄と同じポジション。比べられることは、承知の上である。

「プレッシャーはあるんですけど、(自分とは)レベルが違う。大きくは感じていない」

 兄と同じユニフォームを着た大船渡高時代は1年秋から遊撃手のレギュラー。2年夏は背番号8を着け、2年秋から「指導者と話し合い、自分が投げれば、強くなる」とチーム事情により、投手に転向した。3年春から兄と同じ背番号1を背負った。同夏は岩手大会3回戦(対盛岡一高)で敗退(1対3)。先発した佐々木は3回途中3失点で降板し、兄が在籍した19年以来の8強進出を逃した。

大学で野球を続ける理由


 この敗戦が佐々木の分岐点となった。

「高校3年で、野球はやめるつもりでいました。大学では普通に勉強して、その後の人生を考えていこうと思っていましたが、悔しい結果で終わったので、大学でも野球を続けよう、と。昨年8月に中大の練習を見学し、チームとして結果を残しているし、雰囲気も良い。魅力的だと思い、入学を志望しました」

 昨年12月のスポーツ推薦入試を突破し、中大文学部に合格した。なぜ、野球継続を決断したのか。自身の「可能性」にかけてみようと思ったのが一番だ。

「体づくり、柔軟性。鍛えていけば、伸びると思いました。投手をやって、野球の楽しさが分かりました。大学で続けようと決めたときから、投手でやっていこうと思いました」

 最速143キロで変化球はスライダー、カーブ。遠投100メートル、50メートル走6秒2と身体能力が高い。投手歴は1年あまり。成長する要素を秘めている。

 好きな投手はドジャース・山本由伸。その理由は「投げたら勝てる、安定感がある」と単純明快だ。大学では「野球だけでなく、勉強もしっかりやりたい。将来は、どうするか分からない」と文武両道を貫く。大学卒業後の進路についても慎重である。

「将来の職業? 明確ではない。ちゃんとした仕事ができればいい。プロ? 大学で成功しないと……。ここで結果を残せたら。焦らず、1年秋ぐらいから投げていければいい」

 大船渡一中でチームメートだった花巻東高の右腕・北條慎治(当時一塁手)が青学大、東都二部の立正大には仙台育英高の左腕・仁田陽翔(当時エース)が入学する。同じリーグに身近な仲間がいるのは心強い限り。兄がロッテで使用していた黒のグラブを譲り受け、東京へ持ち込んだ。夢と希望が広がる、佐々木の大学生活が始まった。(取材・文=岡本朋祐)
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