
主将・矢島[左端]には「心」がある。チームの精神的支柱である[写真=田中慎一郎]
今春、神奈川の公立校の快進撃が注目を集めた。神奈川県立川和高校は、毎年のように東大、京大に卒業生を送り出している県下屈指の進学校だ。これまでの最高成績は2007年夏の県8強。OBには慶大を経て
ヤクルトでプレーした
加藤幹典(山梨ファイアーウィンズ球団社長)がいる。
24年秋、東海大相模高と終盤まで接戦を演じ、話題となった。今春も2回戦で日大藤沢高に延長11回タイブレークの末サヨナラ勝ちを収めると、続く藤沢翔陵高との3回戦は僅差で競り勝った。4回戦では県立校として71年ぶりの甲子園で、センバツに出場した横浜清陵高と対戦。主将・矢島遼人(3年)が「センバツに出たチームで、同じ公立。絶対に負けたくない」と話した直接対決を7回
コールドで制し、創部63年で初めて春のベスト8に進出。夏の第2シードを獲得した。
指揮官は論文を発表
8強進出の原動力となったのは最速144キロ左腕・濱岡蒼太(3年)。進学校に通いながら、高卒でのプロ志望を明言する。「大学でやりたいことがあるかと言われたら特にはなく、どのみち野球の職に就くのなら早い段階からプロのレベルで野球がやりたい」と、その意志は固い。中学時代には私学からの誘いもあったが、「投手の育成に力を入れていると聞き、ラプソードを導入しているなど、自分が必要だと思ったメニューに取り組める環境があった」と川和高を選んだ。決定的だったのは、平野太一監督との出会い。「自分の入学前に監督が変わると聞き、悩んでいる時期に平野先生とお会いする機会があり、『プロに行きたい』という夢を話したところ『応援する』と言っていただき、そこで決心しました」。
平野監督は大分県出身。別府鶴見丘高では投手だったが肘を痛めて内野手に転向。進学した川崎医療福祉大でも内野手としてプレーを続け、中軸で活躍した。大学では・・・
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