
佐藤監督はミキハウスで5年プレーした後、06年から新規参入のセガサミーで初代主将を務めた。黎明期から成長期まで、歴史の大半を現場で見続けてきた[写真=小河原友信]
“生え抜き”の誇り
今年1月1日付けでセガサミーの監督となった佐藤俊和は言う。
「偉大な監督さんばかりでしたので、僕には荷が重い部分はありますけど、監督をやらせていただく以上は、やりがいを感じてやりたいと思っています」
2005年創部のチームは、
青島健太(慶大、元
ヤクルト)から始まり、
佐々木誠(水島工高、元
阪神ほか)、西詰嘉明(同大)、
初芝清(二松学舎大付高、元
ロッテ)、そして昨シーズンまでは
西田真二(法大、元
広島)が指揮を執った。部史を振り返れば、ほとんどが外部から招へいしたプロ経験者たちが監督を担ってきた。その歴史の中で、セガサミーの初代主将にしてコーチや助監督を歴任してきた佐藤は、まさに“生え抜き”の監督と言える。
1978年生まれ。石川県で育った佐藤は、地元・金沢高で甲子園に出場した。卒業後は、東都大学リーグの専大へ。投手として入学しながら、3年時からは打者として実力を誇示した。2001年からの5年間はミキハウスでプレー。05年には都市対抗本大会に出場した。その年限りでチームは活動を休止することになり、ちょうど新規参入したセガサミーで野球人生を続けることになる。チームの一期生となった佐藤は、主将として歴史の浅いチームの礎を築いていった。セガサミーのユニフォームを着て初めて都市対抗本大会に出場したのは07年。東京都二次予選での佐藤は3本塁打を放って、チームの新たな歴史の始まりを演出したものだった。08年の都市対抗本大会では、七十七銀行との初戦を制して都市対抗初勝利。10年には日本選手権の本大会に初出場。その歩みをグラウンドで経験してきた。
財産となった社業2年
現役を終えた佐藤が、コーチを経て一度はユニフォームを脱いだのが17年のこと。18年からの2年間は社業に専念するのだが、その時間が「大きかった」と振り返る佐藤は、感慨深く言葉を足す。
「社業に入っていた2年間がなかったら、野球部や社員の見方が違ったと思います」
社会貢献活動なども担う部署で働いた佐藤は、ことあるごとに他部署の社員と交流する機会があった。11年の東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地区に足を運ぶこともあったが、そこでは人と人との深い関わりを経験した。そんな時間を過ごす中で、佐藤は日ごろから野球部を応援してくれている人々の声を数多く耳にしたという。
「野球部に対する社員の方々の思いを改めて知りました。こんなにも応援してくれているんだ、と」
19年の都市対抗東京都二次予選。第4代表決定戦をスタンドから見た佐藤は、そこでもセガサミー野球部を支える人たちの熱い思いを受け取った。
「社員の方々がスタンドで踊りながら一生懸命に応援してくれる姿を目の当たりにしました。ある社員の方には『野球部こそ、僕の生きる力になっています』と言われたり、『野球部の応援に来ると気持ちが晴れるんです』と言ってもらったり……。多くの方に野球部は応援されているんだと、そこでも改めて感じました」
コロナ禍にあった20年に再びコーチとして野球の現場に戻った佐藤は、会社や社員の思いを選手たちに伝えた。その年、チームは2年ぶりに都市対抗ベスト4となった。翌21年も、2年連続で都市対抗4強により、黄獅子旗を手にした。
セガサミー野球部の黎明期から成長期まで、その歴史の大半を現場で見続けてきた佐藤の監督就任は、多くの支援者から祝福された。正式に就任してから約1カ月後の昨年12月、東京都内のとある場所では全国各地で働く野球部OBが集まり、佐藤の監督就任を祝ったという。同じ釜の飯を食べた野球部1期生や2期生を中心に、歴代のマネジャーも含めて50人ほどの同志が集った。
「ありがたかったですね。応援してもらえることに感謝です」
監督や選手、そして会社の人々など、野球を通じて出会ってきたすべての人に感謝して、そのつながりを大切にしながら、佐藤は新たな船出を切った。先導役として背負うものはある。勝たなければいけない。そんな重圧がないと言えば、嘘になるだろう。ただ、それらすべてを真正面から受け止め、前へ進んでいく「覚悟」がある。
チームの変化に手応え
今シーズン初の公式戦は、3月に行われた東京スポニチ大会だった。佐藤にとって初陣となった日本製紙石巻戦は、打撃戦を制して勝利。2戦目はJFE東日本に敗れたが、3戦目の西部ガス戦は勝利を挙げた。初回に1点を先制されたセガサミーは、2回表に高島大輝(拓大)のソロアーチで同点とする。再び1点を追う展開となった4回表には、ルーキーの黒川怜遠(日体大)の二塁内野安打を足掛かりに4本のヒットを集めて逆転する。試合終盤には、片岡
大和(近大)に右翼席へ飛び込むソロアーチが飛び出すなど、終始攻め続けて逆転勝利を手にした。リーグ戦を2勝1敗で終えたが、決勝トーナメント進出を逃した。それでも、3試合を通じて「選手一人ひとりが変わろうとしている」と、佐藤はチームの変化を口にした。そして、今シーズンに向けてこう言葉を加えるのだ。
「昨年は都市対抗、日本選手権ともに本大会出場を逃しました。これまでチームが歩んできた道を考えると、2年続けて都市対抗の本大会に出られなかったのは初めてのことでした。そういう意味でも、今年はチームとして『新たな挑戦』でもあると思っています。会社の思い、選手それぞれの思いをかなえられるように頑張りたい」
太陽が好きなんです...。佐藤はそう話して言葉をつなぐ。
「生まれ育った石川県って、あまり太陽が出ないところなんです。だから、太陽を見ると、今でも純粋に『太陽ってすごいな』と思うことがあります。その姿のように、笑顔で元気に走り続けたい。落ち込まずに……思い切ってやることが大事だと思っています」
3年ぶりの都市対抗本大会出場に向けて、佐藤が率いる新生・セガサミーの挑戦は始まったばかりだ。(取材・文=佐々木亨)

3月のJABA東京スポニチ大会は予選リーグ2勝1敗で、決勝トーナメント進出を逃した。照準は3年ぶりの出場を目指す都市対抗予選である[写真=川口洋邦]