
周南公立大は奈良学園大との1回戦で勝利し、主将・早川は中村監督にウイニングボールを渡した[写真=矢野寿明]
周南公立大は1971年に私立の徳山大として開学し、2022年に公立化して現校名となった。野球部は1974年に創部し、中国地区大学リーグで最多となる優勝29回。しかし、公立になったことにより、部員の確保が難しくなったという。中村光宏監督は「そもそも受験に合格しないと野球部にも入れない。指定校推薦はあるのですが、一時は120人を超えていた部員が25人まで減ったシーズンもあります」と振り返る。寮は閉鎖となり、活動費も縮小され、選手の半分ほどはアルバイトをしながらプレーをしている。
「私が徳山大の選手のころはアルバイト禁止でしたが、今はそうも言っていられないので自動車の運転もOKにしています」(中村監督)
昨春のリーグ戦では開幕8連敗を喫して最下位。負ければ初めての二部降格となる入れ替え戦に回った。主将の早川彰太郎(4年・西日本短大付高)は「二部に落ちたら、そのままどんどん落ちていってしまうんじゃないかという不安がありました。試合前はピリピリとした雰囲気もありましたが『この試合だけは何が何でも勝とう』とみんなが思っていたんです」と当時の心境を語る。その入れ替え戦では岡山商大に連勝。
一部残留を決めると・・・
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