
筆者が西鉄に入団した時点で、すでに12年間で1700本以上の安打を放っていた大打者。それでも若手の筆者に優しく声を掛けてくれた[写真=BBM]
張本勲さんが9月9日、86歳で亡くなった。日本プロ野球史上初の3000安打を達成し、「安打製造機」と呼ばれた球界のレジェンドである。
私が1971年ドラフト2位で西鉄(現
西武)に入団したとき、張本さんは東映(現
日本ハム)で31歳。まさに脂の乗り切った時期だった。今でも目に焼き付いているのは打席に入るまでの姿だ。歌舞伎役者が舞台に上がる前、袖の廊下を大見得を切って歩いていくようなカッコ良さがあった。
打席ではバットのヘッドを頭のほうへ入れるのではなく、真っすぐ立てて構える。そこから来たボールの角度に素早く合わせていく。週刊ベースボールに掲載されていた連続写真を見ながら、私も何度もマネをした。ところが、簡単にはできない。バットのヘッドが頭のほうに入っていないと、強く振ることができないからだ。それでも張本さんは、そこからしっかりとバットを振り抜き、強くボールをたたく。それだけの技術と力があったということだ。
初めて言葉を交わしたのは・・・
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