学生時代、仕送りだけで何とかなったのだが、早慶戦でのバカ騒ぎ用にカネが必要になったときと、夏休み、春休みの帰省用の交通費を作るためにアルバイトをやった。バイトの中で一番割がよかったのが、春休みの帰省用の交通費を作るための、入学試験の試験監督補助だった。ほかのバイトよりかなり高かったし、4時前には終わる。しかも、昼食の弁当も出る。これを4〜5学部やると結構な実入りになった。
仕事は、試験問題を配ったら監督の教員のそばに立っているだけ。試験開始前の受験生の写真照合がちょっと手間だったが、これはこれで面白い。1度だけ、どう見ても写真とは似ても似つかぬ受験生にぶつかったことがあったが、見逃してやった。
語学用の小さな教室だと受験生は40人ぐらい。当時の各学部の実質競争率は10倍前後だから、40人の教室だと4〜5人しか合格しない計算になる。「この前に座ってる4人しか受からねえのか。あとは、ハイ、ご苦労さんか。やっぱし、大学入試というのは残酷物語だよな」ともう1人の監督補助員に小声で話しかけると「まあ、点数でハッキリする10倍だからいいじゃないか。世の中は、どうして落とされたのか分からんという10倍だらけだぜ」とワケ知りな返事が返ってきた。
さて、プロ野球の世界は、点数でハッキリする世界だろうか、それともワケ知りの言う理不尽な世界だろうか。プロ野球は、ドラフトを入試とみるか、プロ入り後の成功の確率を入試とみるかで違ってくるが、勝手な推測だが、ドラフト入試は、プロ希望者はドラフト指名選手の10倍くらいはいそうだから、10倍の関門としておこう。成功率入試となるとどうだろう。筆者はこちらをプロ野球入試としてみたい。いま、プロ野球選手の平均在籍年数は7年ほど。成功者をこの倍の14年在籍者でなおかつレギュラーとした場合、どれぐらいの倍率になるだろうか。
今年14年目を迎える選手は、00年のドラフト組だ。この00年指名、01年入団の選手たちのいまはどうなっているかというと、指名選手は86人で入団拒否は1人(
オリックス1位の
内海哲也=現
巨人)。85人のうちいまレギュラーとして生き残っているのは、内川聖一(横浜1位、現ソフトバンク)、
阿部慎之助(巨人1位)、
帆足和幸(
西武3位、現ソフトバンク)、
畠山和洋(
ヤクルト5位)の4人。準レギュラーの
廣瀬純(
広島2位)を0.5人としても4.5人。倍率は約19倍となる。これはやはり狭き門である(
中島裕之=西武5位、
渡辺俊介=
ロッテ4位のアメリカ組もいるが、2人は14年に満たないので除外)。
19倍の世界に身を投ずるのは、やはり大変なリスクを伴う人生の選択と言えるだろう。しかし、そのリスクを犯す人がいなければプロ野球は成立しない。もちろん、それだけプロ野球の世界には野球少年たちを引きつける魅力があるワケだが、プロ野球側は、これまで「黙っていても選手はやってくる」とノンビリ構えてきた。もっと言えば、プロ野球志望者に甘えてきた。
しかし、これからはそうはいかないだろう。少子化と、子どものときの野球よりサッカーという選択、さらに、アメリカ野球の攻勢(ポスティングがなくなれば、直接アメリカを目指す選手が増えるだろう)。19倍の競争社会に飛び込んでもらうためには、プロ野球生活を終えたあとの人生に、ある程度メドが立つような安心感を与えることである。難しいことではあるが、セカンドキャリアを身につける手助けは、これからのプロ野球の大事な仕事になってくるのではないだろうか。
さて、まだ答えていない問いが残っていた。点数でハッキリする世界か、理不尽な世界か、どっちなのか。多分両方だろう。だから面白い。