独立リーグ史上最高位となる2位指名を中日から受けた。
高校までは無名の打撃投手に過ぎなかったが、大学で「サイドスロー」と出合い、道が大きく開けた。
試行錯誤を重ねながら完成させた動きの一つひとつには根拠がある。
それを証明する舞台に、いよいよ上がる。 取材・文・写真=高田博史
今シーズン序盤、ハーラートップを快走中の香川・
又吉克樹をネット裏から撮影していて気付いたことがある。
「キャッチャーを見ていない?」
ボールをリリースするまで、一度も捕手のミットに視線を送っていない。試合後、本人に確認してみた。
「だって怖いじゃないですか! バッターの目を見るのって!」
決してコントロールが悪い投手ではない。リーグ最多勝となった13勝には2つの完封勝利(1無四球)が含まれる。与四死球率は1試合あたり「2.40」と非常に少ない。晴れてドラフト指名を受けた又吉に、あらためてあの独特のフォームについて聞くと「待ってました」とばかりに話してくれた。
最後の夏に登板機会があったものの、高校時代は打撃投手だった。サイドスローとして本格的なキャリアをスタートさせるのは09年、環太平洋大に入学して以降である。自身も元サイドスローである田村忠義監督(当時)に「体が横を向いている時間を長くしなさい。三塁の方に体を向けて、向けて、向けて……最後に弾くんだよ」と教えられた。
2年生になった10年、秋季リーグ戦を前に堀田一彦氏(元プリンスホテル)が投手コーチとして就任する。ある日、ストレートを投げる感覚がしっくりこないことを相談した。「指にかかっている感覚を感じたことがないんです」(又吉)「見ればいいじゃん。見たらかかるよ」(堀田コーチ)
キャッチボールから「相手を見ずに、ボールがどうリリースされているかを見て投げなさい」と言う。思ってもみないアドバイスに面食らった。当時は制球力に自信がなく「右打者の外角低めにしっかり投げられるようになりたい」と話すと「じゃあ、投げ込みをしようか!」と言われ、ブルペンに入った。
何球投げたか覚えていない。もうミットを見るのもしんどい。リリースする指の先しか見ていなかった。「ムチャクチャ『パーン!』といいボールが行って。明らかに違う。え!これかな? と思って軽く投げたら、また『パーン!』と行く。これ、どこでも投げられる気がするな、と思ってキャッチャーに『ミット半分だけ外に動かして』と言ったら、またミットの芯に入った。40球ぐらい続いたんですよ。その感覚が」
堀田に「なんで行くんですかね?」と尋ねると、また思わぬ言葉が返ってきた。「同じタイミング、同じバランス、同じ力加減で投げれば同じところに行く。お前それ、今日できたろ」
だが、翌日のブルペンでは昨日の感覚が消えていた。「力抜くの、どんなんやったかな。そういえばキャッチャーを見てなかったな……」
試しにミットを見ずに投げてみると、力強いボールが行った。「この精度を上げたい!」と言う又吉に堀田が取り組ませたのは、目をつぶって投げる練習だった。「イメージが完ぺきなら絶対同じところに足が着くし、同じところに行くから。絶対投げられるから――」
その年の冬はそればかり練習していた。田村監督に教えられた投球フォームのイメージと、堀田コーチのアドバイスがつながった。やりたいことが集約できた試合
香川入団後、最速140キロだった球速は148キロにまで上がっている。ポイントとなった試合がある。6月22日、高松・レクザムスタジアムで行われた対高知前期12回戦だ。
かつて堀田に「打者のタイミングが合っていると思ったら、スピードを落とすなり、抜くなりすれば絶対打たれんよ」と言われたことがあった。「そんなレベルのピッチングができるかいな! と思っていたんですけど、それができた」
ゆったりしたフォームからリリースするまでの間に打者の“打ち気”が感じられる。「危ないな……」と思ったら軸足、股関節、手首の使い方を変え、タイミングをずらした。許したヒットは二遊間への内野安打1本である。9回106球を投げ無失点、無四球、11奪三振。最終回に味方のサヨナラ本塁打が飛び出し、1対0での劇的な完封勝利となった。
「やりたいことが集約できたのはあの試合ですね。連続写真を撮ったら1球1球、全部タイミングが違うと思う。『この試合はオレのもんだ』と初めて思いました」「ええときも悪いときも、全部見とるからね」と笑いながら、中日・
正岡真二スカウトも、印象深い試合としてこの試合を挙げた。
11月1日、中日からの指名あいさつを受けたあとの囲み取材で「スカウトからの印象に残った言葉は?」という質問が飛んだ。「『独特のフォーム』ですね。評価してもらっているので、そこは変えずに。これからも伸ばしていきたいし、それが自分の武器でもあるので。それを忘れずに戦っていきたい」
試行錯誤しながら作り上げてきたフォームである。このフォームを武器に生きていく。捕手のミットは見なくても、又吉の目には“明日”がはっきりと見えている。
【Personal Data】 50メートル走=6.2秒 遠投=115メートル 握力=右59キロ 背筋力=210キロ ベース1周=14.6秒 垂直跳び=68センチ
「指名されてから掛けられて印象に残った言葉は?」と聞くと、こんなエピソードを聞かせてくれた。「LINEで高校の野球部の友達が『あいつが行けたんだったら、オレも野球辞めんかったら行けた!』とつぶやいていたのが一番。『オレは絶対認めん!』と言ってましたね(笑)」
無理もない。高校入学時は身長145センチしかなく「バスケも無理」と、小学校から続けてきた野球を“辞められなかった(続けるしかなかった)”。「独立リーグ史上最高位指名」という金字塔を打ち立てたのは、遅咲きで異色のサイドスローである。
PROFILE またよし・かつき●1990年11月4日生まれ。沖縄県出身。浦添小1年時に仲間ジャイアンツで野球を始め、浦添中軟式野球部では二塁手。県立西原高で打撃投手などを務め、3年夏の直前に投手として抜てきされ、2試合にリリーフ登板。09年、環太平洋大進学後、サイドスローのエースとして活躍した。13年、四国リーグ・香川に入団。7勝を挙げ前期優勝に貢献、前期MVPに輝く。24試合に登板、13勝4敗の成績で最多勝、ベストナインを受賞した。防御率1.64(2位)101奪三振(3位)。ゆったりした独特のフォームから繰り出すストレートはMAX148キロ。スライダー、フォーク、チェンジアップ、カーブなど変化球も多彩。